『graduation〜ボーダー〜』-2
都築のことで私はもうボロボロに傷ついて、そんなものを好きだという余裕さえなくなっていた。
都築は、私を哀れみ、そして恐れている。
こっちは結構必死で「お友達」として接しようとしているのだ。それなのに、乗ってくれない。
この間だって、冗談で、バレンタインチョコを送ったのだ。
シャレにちゃんとなるよう、チロルチョコをビックリ箱に入れて。
しかし奴からは何のリアクションもなかった。
昔だったら、そんなネタにはすぐとびついて、ギャグの一つもセンス良く返してくる奴だったのに。
都築は、つまらない男に成り下がった。
...私の前でだけ。
そう、奴は他の人の前では昔どおり、いや、昔以上に面白く、そしてイイオトコなのだ。
サークルの後輩あゆみなぞは会えばすぐ、都築の話を私に振ってくる。
「都築先輩って優しいですよね〜」
「この間の追いコンの時、1女で一人浮いちゃった子がいてぇ〜そしたら都築先輩ちゃんと話し掛けてあげてたんですよ〜」
「人の傷つくこととか絶対言わないし〜」
「あと、寂しがりやの私をいじってくれる。なんか私のコト見守ってくれてる感じがするんですよ〜勘違いかもしれないけどっ」
「秘密主義のとこもステキですよね!なんか暴きたくなる〜」
語尾のやたら長い話し方とその内容に眩暈を覚え、そして頭のてっぺんから火が吹きそうになった。
なんで、こんな子にはそんなに優しくしてんのよ。
胸倉掴んで叫びたくなった。
けど、そんなこと一女にしたら、四女の威厳が廃るので、私はにっこり微笑んで
「へぇ〜都築も大人になったのね。前は、特定の人としか喋らないような奴だったのよ」
と、あゆみの知らない続きの話をしてやった。
嫌味な女だと自分でも思った。
都築のアホは、サークルで、彼女のいることを隠している。
だからあゆみのように、自分は都築の特別だ、みたいなことを考えちゃうバカがでてきちゃうのだ。
調子に乗って都築も可愛がるもんだから、あゆみなんか増長して、飲み会の度に、都築の隣にべったり座る。
...。
サークルの下級生にさえこんなに激しく嫉妬してしまうのだから、本物の彼女なんて見てしまったら、狂ってしまうかもしれなかった。
「お友達」なんて嘘だ。
「お友達」のつもりなんか、フリさえも、自分に対してだってできやしていないのだ。
それを都築は知っているから、私の話に乗ってこないのだ。
悪いのは都築じゃない。
あきらめきれない私。
あきらめたくない私。
あぁでも、侮辱にも似た都築の反応は耐えられない。
許せない。
人を傷つけるには「無視」が一番だってことをあの男は良く知っている。
私は都築をメチャクチャに傷つけたい。
けれど無視できない。
「私を見て。ちゃんと正面から向き合って。目を反らさないで。」
そう叫びそうな自分を理性でコントロールする。
私の理性は優れもので完璧だったが、私はむしろその完璧さが辛かった。
だいたいにしてもう、私が無視したとしても、都築は傷ついたりしないのだろう。
都築に好きだ、と告白した時、私は純粋に都築に幸せになってほしいと思った。
静かに身を引いたのは、その所為でもあったのだ。
だから私は、この世で1番純粋なのは、相手の幸せを祈る気持ちだと思った。
それが今はどうだろう。
都築が「私で」傷つくことを願っている。不幸になってほしいと。
そしてあの時、都築が言ってくれた「俺もあなたの幸せを祈っているよ」という宝物のような言葉さえ、自分の所為で私が不幸になる責任を持ちたくないが故の言葉であったのだろう、という解釈に汚されてしまった。
何故、そんな風になってしまったのだろう。
都築が好きだった。
私の言葉を一つも流さない都築が。
「考えすぎだよ」
親にも友達にもかつての彼氏達にも、誰にも言われた言葉。
でもその言葉を、都築は一度も私に言わなかった。
「世の中の人たちはなんでそこまで考えないんだろう?って思うよね。」
そう都築が言ってくれた時、どれだけ嬉しかったか。
やっと言葉の通じる人間がいた、と思った。
ただ一人、私の言葉を理解する人。
それなのに今都築は、私の言葉を理解する自分の一部を、まるで汚い物のように隠して、絞め殺そうとしている。
そして私も、都築の顔を見れば、都築の傷つく言葉を探そうとしている。
もう限界だ。
だから卒業しなければならないのだ。
大学と共に、都築からも。
遠く、小さく、都築があゆみから卒業の花束を貰っているのが見えた。
うちのサークルでは一女が卒業する先輩に花束を渡すのが慣例化している。
こんな遠くからでもすぐに都築を探せてしまう自分に、苦笑したくなる。
「先輩...卒業しちゃうなんて...」
あゆみは涙まで流して見せて、都築を喜ばせている。
キリキリと私の胃はまだ痛む。しかし私もサークルの子に会うため、そこに行かねばならない。仕方なく、一歩一歩進んでいった。
と、階段のところにいる一人の少女が目についた。
都築をじっと見ている。
直感的に分かった。
都築の『彼女』だ。
肩までのキツクかかったパーマ。意志のはっきりとした切れ長の目。
階段に座って、膝に頬杖をつきながら、じっと...ただじっと見ている。
嫌になっちゃうくらい似ていた。
私と...。
(都築...あんた、女の趣味悪いわ)
そう思ったら、なんだかスッと肩の力が抜けた。
卒業式にみんなの見ている前でキスの一つでもぶちかまして復讐してやろう、とかそんな気持ちも冷めた。
確実に分かったから。
都築は『彼女』と会っている時、『私』を感じている。
もう充分、都築は苦しんでいる。
だったらもうこれ以上、私のすべきことはないのだ。
直接手を下す必要などない。
...それよりも。
ツカツカと都築とあゆみの間に入り、都築の手から、あゆみが渡した花束を取り上げ、私がそれまで持っていた花束を代りに渡した。
「どうせ両方とも財源、同じサークルから出てんだから、とりかえてよね。私、ピンクより白の方が好みだな。あ。あゆみ、どいて、邪魔。」
私はあゆみに背を向けて、都築に真っ直ぐ向き合った。
やっと正面に立てた気がした。
「なんだよ」
都築は罰の悪そうな顔でそっぽを向こうとする。
私は花束を持っている手で、ふんずとその顔をつかみ『彼女』の方を向かせた。
「あんた少しは『彼女』大切にしなさいよね。」
あゆみや、サークルの下級生達に聞こえるよう、大きな声で言ってやった。
都築がどんな顔をするかなんて見ない。
興味もない。
私は手を離すと、さっさと後ろを向き、都築に背を向け、歩きだした。
これが私の卒業。
「都築は私からまだ卒業できてないみたいだけどね」
呟くとすっきりとした優越感が湧き上がり、晴れ渡る青空と久々に出会えた気がした。
まっすぐに続くこれからの私の道。
こんなものはもう必要ない。
私は、都築から奪った花束を、講堂の裏のゴミ箱にポイっと棄てた。
何故だか涙が一筋だけ落ちた。
(終)