『SWING UP!!』第8話-20
享和大|000|110|1
双葉大|400|000|
「1点差、だね」
「そうだな」
次いで二人はスコアボードの方を見遣り、改めて戦況を確認した。
「あたし、ぜったいに同点に追いつかれたくない。だって、今勝ち越してる1点って…」
「本間先輩の殊勲打だもんな」
「うん」
桜子も大和も、初回に奪った“4点目”が持っている意味と意義の大きさを、強く理解していた。
品子が必死で繋いだ得点が今、双葉大のリードを守っている。そして、品子が挙げた打点に一方ならぬ想いを抱き、それを必死に守ってきた雄太から、マウンドを託されたのだ。
「僕も、この1点を、絶対に守り抜きたいと思ってる」
「うん」
「やろう、桜子!」
「うん、やろう!」
絶対に相手の得点を許さない。揺ぎない決意を胸に秘めた二人は、もう一度、互いの視線を交し合い頷きあって、そして、それぞれの持ち場についた。
大和はピッチャーズマウンドに、桜子はキャッチャーポジションに。
「プレイ!」
相手打者が打席に入り、主審のコールによって試合は再開された。
「………」
桜子は、サインを出していない。今は、2部リーグの決勝戦と同じように、大和が投げる球の全てを受け止めるつもりでいるからだ。
「………」
ノーサインの意図を汲み取った大和は、真ん中にミットを構える桜子を強く見据え、自分の投じるべき初球を頭の中に思い描き、右足でプレートを踏みしめて、大きく振りかぶった。
“教科書に載せたいぐらい”と言われたほどの、流れるような一連の投球モーション。体の中にある一本の軸がブレることなく螺旋のように渦を巻き、右腕にその力を伝播させ、そして、指先に凝縮されたそのパワーが、まるで銃身から弾かれたような軌跡のボールを強烈に弾き出した。
ゴゥッ!
と、唸りを上げる、大和のストレート。そしてそれは、相手打者の内角高めに襲い掛かり、その体を仰け反らせた。
ズバァン!!
「ストライク!」
桜子のミットを高く鳴らす衝撃音。相手が仰け反ったにもかかわらず、審判はまるでそれが当然のように、ストライクを宣告していた。
「………」
さすがに1部リーグのチームだけあって、大和の球威に驚かされたという様子は感じられるが、それを露骨に顕わにはしていなかった。多少は、研究をされているのかもしれない。
だが、大和にとってそれは、瑣末なことでしかなかった。
「!」
二球目も同じように、内角高目を貫くストレート。まさか同じ球が続くと思わなかったのか、今度は明らかな狼狽が、相手打者の表情に浮かんでいた。
三球目。それもまた、全く同じ球筋を描いて、相手打者の内角高目を鋭く抉った。
「ストライク!!! バッターアウト!」
ただの一振りも許さず、9番打者を撫で切った。
「………」
本塁打によって1点差に迫り、にわかに勢いづいていた相手ベンチを、たったの三球で黙らせたのだ。
続いて上位に打線が戻り、1番打者が打席に入る。その顔に緊張の色が浮かんでいることは、足元にいる桜子にもよくわかった。
大和の脚が上がる。そして、一連の投球モーションを経て投じられた渾身のストレート。
「ストライク!」
それはまたしても、内角高目を貫いていた。
「………」
わかっていても手が出ない。桜子は、相手のそんな様子がありありとわかる。
間髪いれずに振りかぶった大和。ストレートがまたしても内角高目に襲い掛かる。
ブンッ… ズバァン!!
「ストライク!!」
さすがにここは、相手もスイングをしかけてきたが、ボールのはるか下方を空振りしあまつさえ大幅に振り遅れていた。
「ストライク!!! バッターアウト!!」
三球目。まるでビデオでリピートしたかのように、全くコースにストレートを投じられ、全く同じ空振りを喫して、相手の1番打者は打席から去った。
ツーアウトになって、迎える相手は2番打者。ミートのうまい、巧打者である。
「ストライク!!! バッターアウト!!!」
だが、そんなデータに興味がないとばかりに、大和はストレートで内角高目を三度射抜いた。いくらミートに優れていても、当たらなければどうということはない。
「全部同じ球で、同じコースで、バットにもかすらせないのかよ…」
苦笑交じりに雄太が呟いた。配球などおかまいなしに、大和はまさに相手を球威だけで“ねじ伏せた”のだ。
そして、そんな投球を当たり前のように受け止める桜子。先の試合をなぞらえる様に、二人は今のところ、全くサインを交わしていない。
(とんでもねえ“夫婦”だな。モノが違うってか)
先の試合で湧いた悔しさが、雄太の中に俄かに宿る。しかし、それ以上の高揚感が体を包み込んでくるのもわかった。
(まったく…。見せつけやがってよ)
悔しさを凌駕してしまうほど、二人の琴瑟相和する姿に魅せられていた。
それほどまでに、桜子と大和のバッテリーは魅力的なオーラを放っていた。それは金色の煌きに彩られており、“黄金バッテリー”という名がこれ以上ないほどにふさわしいものであった。