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想いを言葉にかえられなくても
【学園物 官能小説】

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想いを言葉にかえられなくても《放課後の音楽室》-8

 イチコは好きな子につっ掛かるタイプだ。外見もそうだが中身もお子様なのだろう。イチコが俺に好意を抱いているのは薄々気付いていた。三年も一緒に部活をやって来たのだ、そのくらいわかる。
 何かすると交換条件として頭を撫でさせる。多分、イチコなりの勇気がやっと形になった物だろう。俺は正直、そんなイチコがいじらしく思える。もし、千鶴と出会って無かったら惹かれていたかもしれない。だが、もし…の場合だ。今は違う。可哀想だが気持ちに答えてやる事は出来ない。今は告白されていない平行線のままだが、その時が来れば…答えなくてはならない。
 「もう、優しくは出来ない」と 。
―――――
放課後、昨日までの喧騒は無く静かな合奏だった。みんなのやる気までが消え失せ、音が寂しい。やはり、ダメージは大と見た。
「木管…もう少しクレッシェンドは元気良く」
 なんて馬鹿らしい指摘だろう。今時の中学生だってそんな指摘はされないだろう。頭を抱えたくなった。どう転がってもコンクールには出られそうも無い…。
 しかし、その時…。
「あーもーバカバカしい」
 一瞬耳を疑った。ざわめきも楽器の音色さえも静かになった。俺、全く同じように考えていたが口には出して無い筈だ…じゃあ……
「こんっな下らない音しか出せねぇなら、音楽なんざ辞めっちまえ!」
 ガンッ!!指揮台を蹴る音が響く。そう指揮台…指揮台を蹴ったのだ。あの女子から優しいと評判の山形が、眉間に皺を寄せて指揮台を蹴り飛ばし、生徒を一瞥している。いつもと違う…いや…もしかして…。
「ったく、人がイイコちゃんで先生なんてやってたのによー。お前等は下らない事で喧嘩し始めるし、ったく…今度はやる気失せて音になりませんっつーのは…。お前等は音楽を何だと想ってるんだよ。」
 みんなポカンとしている。訳も無い。喧嘩の原因が元凶に知られていたのだから。それに、やっぱり俺の読みは当たっていた。そう…山形はフリをしていたのだ。一見近寄り難いのは素だったんだ。つまり、猫をかぶっていた…訳だろう。
「…頭冷やせ。俺はコンクールだけが全てだとは思ってないが、指揮をする以上そんな気持ち悪い音楽は振りたくない。」
 ざわめき始める。先生の変わり様に耳を疑っているのだろう。
「いいか、明日、また練習する時に変わらなかったら俺は顧問自体を降ろさせてもらう。」
 ―ガチャンッ。
 言うだけ言って、山形は音楽室を出て行ってしまった。騒ぎだけが残る。仕方ないあれだけ的を得てしまわれたのだから…
「あれじゃ、また増えるわね」
 鍵盤楽器(木琴や鉄琴の事)の前に立つ蘭先輩が口を開いた。
「なぜっすか?猫をかぶっていたのがバレたのに」
「だからよ。こういう女達はね、弱いのよ。」
「は…い…?」
「よく聞いてみなさい。」
 言われるまま騒いでいる声に集中すると…
「格好良かった…凄いよ。やっぱり音楽を愛してるんだわ!」
「あの冷たい視線が良かった…」
「いつもの柔らかい感じも良いけど…なんだかツボをついてる」と、口々に称賛してる有様だ。
「反省…してないんすね…」
「女ばっかりだからよ。みんな阿呆なんだから諦めるしかないわ」
「クールっねぇ」
 指揮台に一番近い位置のフルート、千鶴はどうしようもなく深く重い溜息を吐いている様だった…。
―――――
「なんだか災難な一日だったわね。」
「千鶴はどうすんの?」
 今は部活も終わり、昨夜と同じように鍵を返しにいく最中である。合奏も中断した事もあり、只今の時刻は七時半くらいだ。
「どうも出来ないよ。って、もう部長なんて辞めたい…」
 弱気な態度。彼女がここまでヘコむのは珍しい。そっと手をのばし、細い肩を抱いた。
「…だめ。見られたら嫌」
 いつものルールが境界線を張っている。いつもなら俺も引くが、何故だか胸が痛くて大人しくしたくなかった。
「誰も見ないよ」
 手に力を込めて離れないようにする。
「嫌…。恭介なんか変だよ?わかってよ、ね?」
 胸が痛かった。心臓をギューッと握られた感じで。居ても立ってもいられなかった。
「俺は彼氏なんだろ?」
「こんな所で言わないでよ」
 ズキッ…胸がきしむ
「千鶴がツラい時はルールなんて関係ない。俺、彼氏なんだから今すぐ…全部抱き締めたい」
 やっと出た言葉。だけど千鶴の目が拒絶の色を示している。噛み締めた唇は、昨日の甘さが微塵にも見られない。…怒っているんだ……。
「…先かえる」
 肩に乗せられた俺の手を振りほどき、駐車場へ駆け出した千鶴の背中が……にじんで見えた。


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