『彼方から……(もうひとつのエピローグ)』-3
静かな広い空間でそんな俺を見ながら含み笑いをする男がいた。
「クックックッ、最低で最高か……よくよく飽きさせない人間だな。」
先程の男は漆黒の翼を綺麗に畳み玉座の手摺りで頬杖ついて呟いた。
「少し、お戯れが過ぎるのではないですか?死した者に再び肉体を与えるなど……」
玉座より低い位置に控えた男は畏(かしこ)まったまま、窘(たしな)める様に言う。
「まぁ、よいではないか。一時の余興だ……あの人間は私を存分に楽しませてくれた。その代償には見合うだろう?」
「しかし、あなた様を呼び捨てにするなど人間ごときが……」
「よいのだ。たまには奴らの真似事をしてみるのも面白い。もっとも、奴らは頭の固い連中だからこんな事はしないだろうがな。」
配下の者の言葉を一蹴して、男は続けた。
「しかし、つくづく人間とは面白いものよ。我が身、可愛いさに命乞いをする者もいれば、当たり前と笑って命を投げ出す者もいる。だから魅力的なのだな。」
差し出された血の様に紅いワインを飲み干し、男は軽く溜息を付く。
「今回は私の気まぐれで助けたが、次は無いぞ克樹。だがお前なら、きっとその根性とやらで何とかするのだろう?私を失望させてくれるなよ。」
口から漏れる含み笑いは、やがて高らかな笑い声となって辺りに響き渡っていった。
その数時間後、一軒の家の前に一人の男がいた。この寒空に服を着たまま寒中水泳でもやらかしたみたいに湖水で汚れた恰好で立っている。
「一体、何て言えばいいんだよ。ただいま……でいいのか?」
男は深い溜息を付き、それでも決心したのか、やがて躊躇いがちに呼び鈴を押した。
ピンポーン……
しばらく待っているとドアが開く。
……ガチャ……
「どちら……!!!」
家から出て来た女性は訪問客を見て、驚きのあまりに言葉を途中で詰まらせた。男はバツが悪そうに照れ笑いを浮かべながら小さな声で呟く。
「ただいま、母さん。」
END