風船、風鈴、蝉時雨-4
8時50分、二人で現地に到着した。
今にも壊れそうな柵に両腕を乗せる格好で、北の空を見上げた。
「さぁ鈴音ちゃん、これから何が始まるでしょーか!」
「は?知らないよ」
「もっと考えてよ」
鈴音は俺の隣に同じ格好で立ち、同じ方向を見つめた。
「星…か?」
「おぉ、今日は星がよく見えますな」
「違うんか」
鈴音の横顔がとても切ないモノのように感じた。
やがて空が青白い点に輝いたと共に大きな爆発音が鳴り響き、始まりを合図した。
「はっ、花火!!」
やっと分かったかよ。
「花火のぜっけー!なんで?いつ調べたのさ?」
「結構前」
というか、今日の為に予め友達に聞いておいたのだ。
「ふーん。暇なんだね」
「んな事ねぇよ。暇に見えんの?」
「すっごい大変そう」
「だろ?」
花火の爆発音が光よりも少し遅れて俺達の会話をかき消していく。
「…ずね…あのさ…」
「何〜?聞こえない!!」
…後ででいいか。
暫くはそうして黙って見ていた。
二人で手を握りあって。
終わりを知らせる明かりが灯った時、鈴音の頬に光るモノが流れ落ちた。
「…泣いてんの?止めてよ、俺が泣かしたみたいじゃん」
「ごめ…孝宏が泣かせたんだよ…」
「そうかよ…」
やめろよ、俺だって泣きてぇよ。
必死に抑えてんだよ。
「ごめんね孝宏…聞いたんだ、もう退院できないって事」
「……そう」
いずれ言おうと思ってた事だ。自分の口から発する手間が省けた。
「もう…最後かも」
「言わないで…!」
遂に鈴音は両手で顔を覆い、大声をあげて泣き始めた。
「なんでっ…なんで孝宏が死ななきゃいけないの…こ…んなに元気なのに…なんで孝宏なのよ…孝宏だって…ちゃんと生きてんのに…やだよ…なんでだよ…っ」
「…そんなん…俺が訊きてぇよ…」
鈴音の言葉を聞いてるうちに、俺もいつの間にか鳴咽を漏らして泣いていた。
次の日、蒸し暑い事に寝苦しさを覚え、午前9時、目を覚ました。
「あ…暑い…」
「ん?あ、起きた?ちゃんと窓は全開よ?
それよりアンタ!昨日薬飲まなかったんだって!?おばさんめっちゃ怒ってたよ!」
うるせぇよ目覚め早々…。最悪…
俺は上半身を起こし、右手で顔の半分を覆い隠し俯いた。
目がかなり腫れている。
鈴音の顔を見たが、彼女もまた同じ状態になっていた。
「あはは、目ェめっちゃ腫れてる!」
「おめーもだよ…」
「そーなんだよー。あんま見ないでよね!
あ、喉渇いたっしょ?何か買って来よっか?」
「…緑茶…」
「おけぇい」
彼女は軽く微笑むと椅子から立ち上がり、バタバタと部屋を出ていった。
ごめん、鈴音。
ズンズンと押し寄せて来る真っ暗な闇にはやっぱり逆らえない。
きっと、その緑茶は飲めないんだろう。
もう駄目かもしれない。