14-1
登校し、担任が教室に来る間、携帯でニュースを見ていると、「おーっす」と目の前に優斗がしゃがみ込んだ。
「おはよ。どうした?」
パタンと携帯を閉じると、優斗は「英語のあれ」と言う。
「何?」
「まとめたやつ、また作ってよ。俺の分と、雅樹の分」
意外な人物の名前が出てきて「雅樹?」と怪訝気に訊き直す。
「俺のペン入れに入ってた英語のまとめ見て、雅樹も欲しいって言ってたから」
あぁ、そう、とおぼろげな返事をして引き受ける事にした。夏の試験で使ったメモを、捨てずにおいた優斗のズボラさが少し可愛らしかった。
「なぁ、とみーさんに俺の事、何か訊いた?」
何も、と清香は首を振る。優斗から結果だけを聞き、詮索はしなかった。しかし、優斗の優しさに触れて、富山に改めて働きかけをしようと思っていた所だった。
「君の事は悪く言わないから。私に任せておきなさい」
ペンケースで優斗の肩をトンと叩くと、優斗は口元を引き上げて笑い、「期待してます」と言って自席に戻って行った。
最近になって、咲はクラスにいる事が減った。朝登校するとすぐ、学年でも目立つ女子グループの居場所である渡り廊下に屯している。クラスにいる時は留美と幸恵と一緒にいるけれど、休み時間になると大抵咲はいなくなる。ついに咲は荒れはじめた訳だ。時々後輩の不良男子生徒を従えて、学内を闊歩する姿を見かける。あれがかっこいいと思ってやっているなら、かなりおめでたいな、と清香は冷ややかな目で見ていた。
「できた?」
今日までに作っておくと言ったまとめメモを引き取りにきた優斗は、また目の前にしゃがんで、清香の顔を覗き込む。
「できましたよ。雅樹にはコピーしてあげて」
そう言ってメモを手渡すと「サンキュー」と言って教室を出て行った。入れ替わりで目の前に立ったのは、圭司だった。
「相変わらず仲がいいな」
清香は返事もせず、英語の教科書に目を落としていた。所々が波打っていて、定規を当ててもまっすぐ線が引けない。上から押さえつけるようにしてアンダーラインを引く。
「その教科書」
疎まし気な顔で見上げる清香を見て、圭司は少し怯んだように見えた。
「あいつらに、落とされたのか」
「落とされたのか、っていつの話だと思ってんの。拾ってくれたのは優斗君です」
そう言ってまた教科書に目を落とすと、今度は別の影が目の前を遮る。目を遣ると、雅樹だった。
「メモ、サンキュ」と言って机にぽんと置くと、後ろの席に戻って行く。彼と言葉を交わすのは随分久しぶりだった。
「優斗」
清香は後ろに声を飛ばすと、優斗が腰パンを引きずって歩いてきた。金髪の一カ所が、寝癖で跳ねている事に気付く。
「頭、下にして」
優斗は言われる通りに頭を下げ、清香は寝癖の部分を手櫛で少しほぐし、整える。
「はい、終わった。それとメモね、原本です」
雅樹から返ってきたメモを優斗に渡すと「雅樹、俺に返せって言ったのに」とぶつぶつ言いながら、席に戻って行った。
清香に直接メモを渡しにきたのは雅樹なりの感謝の表し方だったのかと思うと、清香は何だか嬉しかった。
「ユウには叶わないな」
傍で黙ってやり取りを見ていた圭司がそう言うと、清香はシャーペンをくるくると回しながら目を伏せ、少し笑った。
「本当に優しい人は、軸がぶれないんだよ」
フッと溜め息のように笑って圭司は自席に戻って行った。
三月にしては少し暖かい日だった。窓から入る日光と、ストーブの暖かさに茹だりそうだった清香は、ストーブの傍の窓を開け、窓の桟に身体を預けながら外を見ていた。清香の左下には池がある。そちら側の窓からは秀雄が顔を出している。できれば顔を合わせたくないから、清香は窓から顔を出さずに風に当たる。
窓の下を、学ランを着崩した二人組が歩いている。二人とも、咲達の一団と行動をともにしている一年生の不良だ。ふとこちらに目をやると、やにわに叫びだした。
「てめぇ、川辺さんに逆らうとぶっ殺すぞ!」
暫く清香は、自分に言われた事なのか判断がつかず、じっと彼らを見ていた。窓の横の方から、秀雄の下品な笑い声が聞こえる。不意に後ろから人の気配を感じた。
「おい。お前ら捻り潰すぞー」
優しい兄貴のような口調で清香の横から顔を出したのは優斗で、「ま、町田さんだ」と学ランの二人は頭を下げている。隣にきた優斗を清香が見上げると「あいつら、俺の言う事なら聞くんだ」とケタケタ笑っている。
「凄いね、町田さん」
「まぁね」と言って金髪の頭を撫でている。いざという時に必ず助けてくれる、まるで正義のヒーローのようだと清香は思い、吹き出す。