12-1
教室に、ストーブが置かれる季節になった。昔ながらの石油ストーブには、水が入った薬缶が乗せられ、時間が経つにつれ口の先から蒸気が吹き出す。ストーブの目の前の席は、冷え性の清香にとっては特等席だった。
反応の少ない清香をいじることに飽きて来たのか、冷たい視線を浴びせる以外、悪意を言葉として浴びせられる事はなくなってきた。気を遣った三上さんが、一緒にお弁当を食べようと誘ってきたが、時々顔を出すぐらいに止め、自席で小説を読みながら弁当をつつく日が続いた。
「寒いな」
そう言って清香とストーブの間に入り込んだのは優斗で「そこにいられると邪魔なんだけど」という清香の声に「冷たい人」と言って半歩ずれ、しゃがんだ。必ず目線を合わせようとする。学ランの襟から、パーカーのグレーのフードがだらりと垂れている。
「あれから、圭司とは話した?」
読んでいた小説に栞を挟み、パタンと閉じると「話題もないし、切っ掛けもないし」と言いながら鞄に本を戻す。
優斗は何か言いたげな顔で根元が少し黒くなった金色の髪を撫でている。歯痒くて「何か」と先を急かせる。
「あのさ、バレー部の富山さん、紹介して。俺タイプなんだ、あの人」
あまりに唐突な話に清香は数度瞬きをして「どーゆー事?」と問う。
「言った通りだよ。何か二人っきりで話せる場をセッティングしてよ」
急に言われてもなあ、と返事に窮し、暫し考える。
「話してみるよ。あんま期待しない方がいいよ。とみーはヤンキー嫌いだから」
俺ヤンキーじゃねえし、との苦し紛れの言い草に清香は苦笑しつつも、嬉しかった。いつもは清香の事で心配を掛けたり、気を遣ってもらってばかりだったのが、少しは恩返しできそうだ、と。それに、優斗と清香の間には恋愛感情が介在していないという事も、これで周知できるだろうと思うと、少し気持ちが軽くなる。
次の休み時間には、富山の教室に向かい、呼び出した。事情を話すと「えー、清香と仲良しのヤンキーの金髪でしょ、苦手」と、予想通りの回答が得られたので、思わず吹き出す。
「見た目はあんなんだけど、中身はほんっとにいい奴なんだ。話だけでもしてみない?」
富山は半信半疑といった面持ちで清香の顔をマジマジと見つめ「嫌だったら嫌って、言っていいんだよね?」と釘を刺す。
「勿論、気に入らなければ、責任をもって持ち帰りますので」
「清香が言うなら無下にできないな。今日のミーティング後ならいいよ。教室で待ってるって伝えて」
富山の手を握り「ありがと、とみー」と言い、それから教室へ向かう。なるべく教室の後方には目をやらない。入口付近にも。
ストーブの前には暖をとっている優斗がいた。学ランの下にパーカーまで着ていて、それでも寒いのかと唖然とする。
「今日、ミーティングが終わったら時間作れるって。とみー、教室にいるってよ」
「清香、マジ神」
嬉しそうに頬を持ち上げている。優しい人は幸せになるべきなんだ。優斗は好きな子と幸せになるべき。清香は暫く沈んでいた心が、少し持ち上がるような気がした。同時に、自分の事を心配していてくれた優斗が、自分から少し離れた場所に移動してしまうのか、とも思い、自分が優斗の優しさに依存していた事に気付かされる。
「どうだった」
翌朝登校して来た優斗は、苦笑いで「金髪はちょっと、だって」と髪をくしゃっと掴んだ。
「ま、人格否定されるよりいいんじゃない? 優斗の良さはきちんと推しておいたから」
へラリと笑って「サンキュ」と短く言う。それ以上二人の会話の内容について詮索はしなかった。結果は結果として受け入れるだけの事だ。富山にはその気が一切ないという事。
いつも通りしゃがみ込み、清香に目線を合わせる。いつもより少し真面目な顔つきに、清香は何かを感じ取り、口を噤む。
「清香とは、ちゃんと話しておきたい事がある。明日の土曜、部活は?」
しばし考えて「午前で終り」と答えると「じゃあ終わったら門のとこで待ってるから。途中まで送る。何だっけ、長居公園、あそこで話そう」
そこまで言うと清香の返事は聞かずに立ち上がり、ぐーっと伸びをしたと思うと伸ばした両手で清香の前髪をグチャグチャにする。
「何すんの」
清香が手櫛で直すと、「何でも」と一言残して、雅樹の名前を呼びながら後ろの席に戻って行った。圭司がストーブの向こうを通ったけれど、清香は顔を伏せた。