11-2
翌朝、登校するとすぐ圭司の机に、裏ボタンを置き、それから自席についた。
卒業する時に第二ボタンに引き換えると言っていた裏ボタン。あっという間に返却する事になるとは思ってもみなかった。あのボタンは留美の手に渡るのだろうか。
いつも通り、優斗は登校するなり清香の席の前にしゃがんだ。
「昨日、電話掛かってきた?」
清香は無言で頷き「全部終わったから、もう私の事、気遣わないでいいから」と笑ってみせた。
「顔、引きつってますけど。あと、別に気なんて遣ってないから、俺」
肩をぽんと叩かれ、優斗は自席に向かって行く。後ろの方で「またあいつと喋ってたのー?」と咲に糾弾され、それでもへらりとかわしている優斗の真意が分からない。自分と関わっていたって良い事なんて一つもないのに、と清香は首を傾げる。
後ろから歩いてきた留美が、通り様に清香の机に紙切れを置いて行った。罵詈雑言でも書いてあるのだろうと思い、広げてみる。
「中休み、渡り廊下に来て」
教科書類は全て机にしまって、中休み、渡り廊下へ向かう。まだ少し暖かい秋の日差しが差し込んで、窓ガラスから半透明の線が何本も走っている。
「清香」
留美と幸恵が並んで歩いてくる。今度は何だ、と清香は身構える。二人は清香の前に立つと、体裁が悪そうな顔で目を伏せている。初めに口を開いたのは留美だった。
「あのさ、まずは圭司の事、ごめん。もう別れたから」
清香は留美をちらりと見て、ふぅん、と声を漏らす。
「それと、無視したり、色々酷い事言って、ごめん。咲に逆らえなくて」
それもふぅん、と返す。話にならない、と思い清香は額に手の平を押し付け、身体の中身を押し出すような気持ちで口を開く。
「あのさぁ、咲に逆らえないなら、逆らわなければいいじゃん。どうしてこうやって、自分は悪くないよって、こそこそ言い訳しにくるの? 咲より質が悪いよ、こういうの」
二人は「ごめん」と揃ったように言い、留美に至っては整った顔を歪めて涙まで流し始める。
「泣かれても、今されてる嫌がらせの数々を許す気はないし、今後君達二人と仲良くする気もないし、圭司の事も、どうでもいいし。本当に心から悪いと思ってるなら、咲と手、切ってから謝ったら?」
二人からの返答はなく、清香はわざとらしく溜め息を吐くと、二人をそこに残して教室へ戻った。後から、涙を流しながら留美が教室に入ってくるのを見て、清香は胸の中にどろりとした気味の悪い物が湧く感じがした。偽善者は大嫌いだ、とでも言ってやるべきだったと清香は思う。