愛欲の罠-4
アパートまで久保田を連れて帰り、前夜に用意しておいた簡単な手料理をふるまい、貰いもののワインを開けて飲ませ、適当に酔いがまわってきたあたりでさりげなく隣に座り直す。
食事をしながら、マヤは重くなり過ぎない程度に身の上話を聞かせておいた。
母親が入院していること、ほかに身寄りがなく、マヤが治療費を稼ぐしかないこと。
久保田は、ただ静かに聞いてくれた。
「前に見たよね……わたしが社長に何をされていたか……」
「はい……」
「いつも、あんなふうにされて……仕事を辞めるわけにはいかないし、でもどんどん辛くなってきちゃって……」
「あ、当たり前です! そんなこと許されるわけがない、弱みを握って脅すような真似をして女性を……そんな男、最低だと思います!」
最低だ、と言う言葉がマヤの胸に突き刺さる。
自分の我儘を叶えるために、こんな善い子をわたしは利用しようとしている……。
久保田の真っ直ぐな視線が痛い。
それを正面から受け止める。
ここで引くわけにはいかない。
「久保田くんがそうやって優しいこと言うから……わたし……」
がっしりとした太い腕にもたれかかる。
温かな体温が伝わり、なんだか涙がこぼれそうになってしまう。
「先生……」
大きな手が遠慮がちに、マヤの華奢な肩に触れる。
「こんなわたし、汚れてるのに……久保田くんに優しくしてもらう資格なんてないよね……」
「そ、そんな、僕は……先生のことずっと……ずっと前から……」
知っている。
不器用な視線が、淡い恋心を伴っていたことを。
せつなげな表情を作る。
自分の顔が一番綺麗に見える角度で。
少しずつ顔を近付ける。
唇がぎりぎり触れない程度の位置まで近づく。
久保田の喉仏が大きく上下するのがわかった。
「せ、先生……?」
さまよう視線がちらりとマヤの胸元に注がれる。
そこに付けられたボタンは、部屋に入ったときから外してあった。
ちょうど久保田の位置からは、薄いレースの下着に包まれた谷間の奥深くまでのぞき見ることができるはずだ。
「もし嫌じゃなかったら……キス、してくれる?」
「嫌だなんて……そんな、でも」
賢い子。
おそらく、これからも毎日アルバイト先で顔を合わせるマヤと、深い関係になることの持つリスクが壁になっている。
そんな理性は、今は邪魔なだけだった。
もうひと押し。
強引になってはいけない。
久保田が自らの意思でマヤに手を出さなければ意味がない。
マヤの染みひとつない白い頬に涙が伝う。
涙くらいは自由に流せる。
長い睫毛を伏せ、久保田から顔を背けた。
「ごめんなさい、わたし何言ってるんだろう……久保田くんがわたしなんか相手にしてくれるはずないのにね……」
「違う、そうじゃない!」
困ったような表情のまま、久保田は意を決したようにマヤを抱き締めて唇を重ねた。