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黒猫の話
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黒猫の話-1

初夏だというのに、朝から冷たい雨が降っていた。
重くのし掛かる灰色の空は、俺の心まで重く沈ませる。
小さなダンボール箱に入れられた俺は、小さな体を丸めて寒さに震えていた。
数時間前、無情な灰色の街の片隅に、飽きられた玩具のように、俺は捨てられた。
俺の存在など気にもとめないように、色とりどりの傘が通り過ぎていく。
俺に気付いた幾つかの視線に、嫌悪の色が浮かぶ。
―まただ。
忌まわしい黒い体。
血のような緋の瞳。
悪魔の遣いと罵られ、謂われのない虐待を受けた日々が蘇る。
―俺が一体、何をした?
ただ、他の兄弟達と変わった毛色で生まれただけだろう?
俺だって真っ白な体に生まれたかった。
誰かに必要とされ、愛されたかった。
永遠に叶わぬ願い。
―今更この体を憎んでも仕方がない。
雨に濡れて形を崩していくダンボールを見つめながら、俺は相変わらず雨粒を落としている空を睨む。
このまま此処にいれば、飢えて死ぬか凍えて死ぬかだ。
俺はぐっしょりと濡れた体を震わせると、ビルの隙間に体をねじ込んだ。


暫く宛もなく歩いていると、突然視界が開けた。
狭い路地に出たらしい。
ふと目を遣ると、雨だというのに、一人膝を抱えている少女と目が合った。
少女は大きな目を見開き、俺を見つめていた。
俺は少女を睨みながら、じりじりと後ずさった。
少女は表情を緩め、諭すような笑みを浮かべながら、小さな手を差し出した。
「おいで」
俺は反射的に牙を剥いた。
こいつに捕まれば、また俺は何処かに捨てられる。
人間は皆同じだ。
少しでも毛色の変わったものは排除される。
少女は相変わらず笑みを浮かべながら、俺に触れようと手を伸ばした。
全身の毛を逆立て、威嚇する俺に一瞬驚いたように手を止めたが、構わず俺を抱き上げた。
俺は細い腕の中で爪を立て、牙を剥き、拘束から逃れようと必死だった。
小さな爪と牙でも、少女の白く柔らかな肉を引き裂くには充分だった。
だが、両腕が血塗れになっても、俺を放そうとしない。
少女は一際強く俺を抱き締め、雨に濡れて冷え切った俺の体に顔を埋めた。
「帰ろ?」
聞き間違えではないかと、俺は耳を疑った。
―帰る?
何処へ?
帰る場所なんかないのに?
少女は笑って、もう一度言った。
聞き間違えではなく、はっきりと。
「帰ろう」


家に連れ帰られた俺は、温かい湯に入れられ、冷えた体を温められた。
タオルで水滴を拭われ、差し出された温かいミルクに口を付けた。
まともな食事など、何日ぶりだろう。
俺が皿を空にするまで、少女はしゃがみ込んだまま俺を眺めていた。


それから、俺は少女と暮らす事になった。
俺が来て以来、ドアも窓も開け放たれたままだった。
俺が逃げないとでも思っているのだろうか。
それとも、俺を試しているのだろうか。
俺は暫く様子を見ていたが、何時の間にか帰る場所を定めてしまっていた。
少女は仕事と家事以外、暇さえあれば俺にじゃれついてくる。
細い尻尾を指に絡め、抱き締めたり顎を撫でたりしていた。
そんな日々を重ね、何時の間にか、一年が過ぎようとしていた。


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