敬愛地区で-2
ハジメが立ち上がると、外から怒鳴る声が聞こえた。声変わりした野太い声だった。
「こぅらぁああ……出てこんかぁあ! そこに隠れてるのは分かってんだぞぅ」
ハジメは出て行くときに舌打ちをして呟いた。
「つけられていたか……俺としたことが、しくじったな」
ハジメが外に出ると、ゴミ山を取り囲んで中学生が12・3人いた。
その中に今日殴り倒した2人の2年生がいた。ひときわ体のでかい西郷さんの銅像のような男が前に出て来た。
「お前が1年坊主の和田ハジメか?2年の番を2人やってくれたってなあ。俺のことは知ってるな。3年の熊木だ。中のガキどもも全員出て来い。すぐ出て来ないと屋根潰して生き埋めにするぞ」
「熊木さん、中の連中は許してやってくれませんか。俺一人ならぼこられても文句言いませんから」
「良い覚悟じゃないか」
「はい。命まで取らないと思いますから」
「だけどなあ、お前のやられるとこ、お前の可愛い仲間たちに見せたいんだよ。おい、屋根潰せ」
すると中学生たちが屋根の上に上がって隠れ家を壊し始めた。ハジメはついに言った。
「わかった。やめてくれ。おい、みんな出てくれ」
中から子供たちが恐る恐る出て来た。中学生たちはそれを一人ずつ捕まえた。
女の子は2人とも抵抗した。
「やめてよ、さわらないで」「チンポ蹴るぞ」
だが強い力で両腕を押さえられて身動きが取れない。6人が押さえる役で残りの7人がハジメを囲んだ。
その中にはハジメにやられた2年生もいた。3人でハジメを後ろから押さえて、2年生が代わる代わるに顔や腹を殴り始めた。
番長の熊木ともう1人の副番長らしいのが腕を組んで見物している。
「卑怯者!お前達ただでは帰さないぞ」
急に女の子のような甲高い声が聞こえた。番長達は辺りを見回した。
クリちゃんが叫んだ。
「トムだ。トム・ソーヤだ」
熊木たちは辺りを見回すが誰もいない。そのとき、ハジメを押さえていた3人が次々に見えない何かに突き飛ばされた。
3人とも不意を突かれて地面に思い切り転倒した。
ハジメは苦しみに顔を歪めながらボクシングの構えをした。そして2年生の2人のパンチをかわしながら、少しずつ後に下がって行く。さすがにダメージは大きい。
その間、小学生を押さえていた中学生が股間を押さえながら次々に倒れて行く。
「なんだ? いったいどうしたんだ。幽霊でもいるのか」
熊木たちは驚いて動きがとれない。そのとき解放された小学生たちがその辺に落ちている石を熊木たちに投げつけた。2年生2人にも投げつけた。
「この野郎!いい加減にしないと……」
熊木が子供達を追いかけようと前に出た瞬間、何かに躓いたように前に倒れた。
顔から地面に突っ込んで行き、うつ伏せに叩きつけられたのだ。
副番長は逃げようとして急に向こう脛を押さえてしゃがみ込んだ。
「いたた……痛い。誰かに蹴られた」
その次に何かに弾かれたように仰向けに飛んで背中から地面にぶつかって行った。
ハジメは2年生がひるんだのを見計らってパンチを3発ずつ見舞って倒した。
顔に2発、腹に1発ずつだった。ハジメはようやく決め台詞を言った。
「俺達にはトム・ソーヤがついてる。先輩たちが束になっても敵わない相手ですよ。俺達に手を出すと、トムが怒る。だから二度とここに来ないでくれませんか」
ゴミ山には13人の中学生が体の痛むところを押さえて唸っている。
顔を泥だらけにした熊木が起き上がると叫んだ。
「トム・ソーヤっていったい何だ。人間なのか?」
「俺達の友達の妖精ですよ。人間に似ているけれど人間じゃない。姿を自由に消せるし、腕っ節がすごく強い。今のは手加減してるんです。怒らせたらそれこそ口では言えないほどひどい目にあいますよ。だから引き取った方が良いですよ」
熊木は仲間の状態を見て肩を竦めた。
「妖精なんてとっても信じられないけれど、これだけやられたんだから信じるしかないな」
そういうと仲間を促して立たせ、ぞろぞろと引き上げて行った。