〈猛る瞳と擬態する者達〉-2
八代潤という刑事がいる。
年齢は40代くらいの熱血漢だ。
黒髪をオールバックに固め、身長も高くて痩せながらも引き締まった身体は、日頃の訓練の賜物。
あおいに逮捕術を教えたのも八代だったし、文乃や美津紀、麻里子達に教えたのも彼だった。
麻里子の頭の中で、昨日の八代の台詞が繰り返されていた。
〔文乃さんも美津紀ちゃんも……上層部に問い詰めたんだが……あの様子は、あおいの時と同じだ……〕
八代は、あおい達の失踪事件の時にも上層部に詰めより、その秘密を暴こうとした人物だ。
その行動は前・警視総監の逆鱗に触れ、しばらく謹慎処分を喰らった経歴があった。
きっと今回の失踪事件も“そうなのだ”と直感し、八代は暴走したのだろう。
人知れず過去の事件を探り、あおい達を捜していたのは麻里子も知っていたし、文乃も同様だった。
そんな八代の昨日の台詞は、麻里子には衝撃だった。いや、あの失踪事件とは違うのだと願う長女の思いを、八代は打ち砕いた。
自分の都合のよい想像では、捜査に支障をきたすのは目に見えている。
個人的な感情では、何も解決には結びつかない。
一見、冷酷に思えた八代の言動は、的を得たものだ。
一方、瑠璃子や春奈は、過去の事件を知らされていない。
前・警視総監とライバルだった祖父にも、その事件は秘匿されたまま。
四姉妹のうち、知っていたのは麻里子と、文乃と行動を共にしていた美津紀だけ。
今、過去の忌まわしき事件を伝える事は、そのまま美津紀と文乃の《運命》を伝える事に他ならない。
自分達の妹に起きた残酷過ぎる現実を、どうして伝えられよう?
麻里子は確実に犯人を捕まえ、それから美津紀達を救出するのが賢明だと思った。
不用意に先走り、自分の能力を過信さえしなければ、これ以上の被害に遭う事は無いと思っていた。
わざわざ刑事である自分達を狙う奴らはいない……そう考えたからだ。
「いい?絶対に一人で動いちゃ駄目よ?分かったわよね?」
麻里子は二人を祖父の家に残したまま、自分の車に乗り込んだ。
文乃達が使った車種と同じ、黒のセダンだ。
「……八代さん?私、麻里子です。御祖父様から美津紀達の捜査の命令を受けたの……そう……よかったら協力してくれない?……ありがとうございます」
麻里子は携帯電話を取り出し、八代に要請を出して一緒に捜査をしてくれるよう頼んだ。
その返答は期待通り。
最も頼れる刑事とタッグを組み、一気に決着を図るつもりだ。
もちろん、瑠璃子や春奈に危険が及ばぬように……長女としての責任と、自分自身に対する絶対の自信があったからだ。
麻里子は車を走らせ、警察署から少し離れたコンビニで八代と待ち合わせた。
上層部に煙たがられている刑事と勝手にコンビを組んだ事が誰かにバレたら、後々面倒な事になるかもしれないからだ。