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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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閑話−不戦庭園−-1

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 ガレン公城の庭園は、木々や草花が自然の森の小径に見えるように完璧な計算のもとに配置された、とても美しいものだった。
 背の高い花は奥に、低いものは手前に、また花をつけぬものも折々にとり混ぜてバランスよく植えつけられている。
 多くの花々はすでに盛りをすぎていたが、春植えの球根がいくつか蕾をつけており、枝々には赤く色づきかけた小さな実が並んでいた。
 今がちょうど一番花の少ない時季であるのだろう。だがそれでも多様な葉形の織りなす緑の濃淡は十分な効果を生み出している、とエイは思った。

 彼の植物に関する知識は偏ったものだ。つまり、それが食べられるか、毒性があるか、または逆に薬効があるかという三点にであるが、名も知らぬ花や木々を美しいと感じるかどうかは別の話だ。彼は庭園の美しさに感銘を受けていた。
 ここには、あるいはロンダ―ンの王宮の庭にも共通して感じたものだったが、どちらにもエイの育った環境には無かったもの……余裕がある。

 新興国、とはいえ国主の子弟だ。貧しかったわけではない。
 生まれ育った館は、一領主であるガレン公のこの城にも及ばぬつつましさではあったが、アールネでは最も大きく贅を凝らした邸宅だった。
 だが彼はそんなふうに感じたことは一度もない。
 十歳を少し過ぎたころから戦地と故国を行き来していて、寝床や食事もままならぬことも幾度もあったが、それはさほど苦ではなかった。
 ただその代わりのように、家族の居る館へ帰還しても、戦場に居るのと差はほとんど感じられなかったのだ。
 何かを美しいと感じるようになったのは、ロンダーンに来てからだ。
 生まれて初めて戦とも国とも無縁の身ひとつになって、ようやく彼は、この庭の、ひいてはこの国の豊かさを、存分に味わっていた。


 南風之宮の襲撃からガレン公の城に保護されたのが三日前のことだ。
 現在、王宮からの迎えがこちらに向かっており、それを待って帰還する予定になっていた。
 明日には到着する見込みである。
 この城で過ごす最後の日に、彼は回廊を渡るたびに目に入った美しい庭に、意を決して足を踏み入れたのだった。

 小径に沿ってのんびりと歩いていたエイは、やがて木々の開けた空間に出くわした。
 木漏れ日が心地良く射し込むように計算された小さな広場には、四阿が一つしつらえられていた。
 車椅子を使う城主のためなのだろう、地面より少し高くなった四阿の登り口には、階段の隣にスロープがついている。手すりや柱には蔦がからみつき、古城らしい気配を醸成していた。

 そうやって外観から順に目で追っていたエイが、それに気付くまでには時間がかかった。
 庭園の景観と、木製のベンチに腰掛け、両腕を枕に木卓に顔を伏せている人影は、ひどく調和がとれていて、不自然に思えるところが何もなかったのだ。

 ゆるく結い上げた髪に木漏れ日が躍る。光の効果もあって、艶のある栗色の髪はひどく暖かな色合いに見えた。
 それが白い頬にさらさらと流れ落ちる。
 落ち着いた色味の細身のドレスは裾が足元に広がって庭の緑に溶け込むようだ。

 そこまで認識しておいて、ああ人がいる、とエイが思ったのは数秒経ってからだった。
 それからすぐに、彼は人影の正体に気付いた。優しい、暖かな髪は、彼の親友とまったく同じ色をしている。
 それでいてまるで違う、華奢な少女のシルエット。
 エイはきょろきょろと辺りを見回した。警護の少女か、城の召使いの誰かがそばにいるはずだと思ったのだ。だが誰の姿もない。
 ふと思いついて見上げた近くの樹上にも、駒鳥が二羽、並んでそ知らぬ顔をしているばかりで、捜した白い猛禽の姿はなかった。
 不安にかられ、彼は意を決して四阿に乗り込んだ。


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