和解-4
廊下に出た瞬間、ガッと骨太な手が私の右腕を掴んだ。
江里子が私を引き留めたのかな、とも思ったけど、どうみてもこの大きな手は女の子の手ではないし、だいたい江里子ならこんなに痛いくらい腕を掴む力なんてない。
「な、何ですか……?」
私は恐る恐る土橋修の顔を見た。
「いいからちょっとついてこい」
土橋修は険しい顔でそう言うと、教室のそばにある階段の踊場へと私をズンズン引っ張って行った。
恐怖で泣きそうになり、先ほどの軽はずみな自分の口を心底呪った。
いや、それ以前に土橋修のクラスになぜ足を踏み入れてしまったのだろう。
自分の浅はかさを悔やんでも悔やみきれなかった。
◇ ◇ ◇
―――そんないきさつで私の目の前には、今朝から必死に避け続けていた土橋修が立っているわけなのだ。
踊場に着くと土橋修はおもむろに、私の方を振り返った。
「…………っ!!」
とっさに殴られると思って、少しかがんで身を構える。
「……何やってんだ」
しかし、土橋修は呆れた顔で私を見下ろすだけ。
「な、殴るんじゃないの!?」
私の言葉に彼は大きなため息をついてから、
「アホか」
と小さく呟いた。
それからしばらく沈黙が続いて、それを破ったのは彼の方だった。
「……昨日は、いきなり怒って帰ったりして悪かった」
気まずそうな、それでいて少し恥ずかしそうな表情は、昨日私に向けられた怒りの表情とはまるで別人のようだった。
そして何より土橋修が謝るとは思わなかったから、私は間抜けにポカンと口を開けたまま固まっていた。
それでも土橋修はそんな私の様子などお構いなしに、
「お前に話があったのは、郁美のことなんだけど……、昨日のその……アイツがヨリ戻したがってるって話、本当か?」
と俯き加減に話し続けた。
声を出すのを忘れた私は、返事の替わりに小刻みに何度も頷いた。
「……そうか」
土橋修はズボンのポケットに両手を突っ込みハァッと大きく息を吐き出し天井を仰ぎ見た。
彼が何を思ってそのようなため息をついたのかはわからない。
だが、郁美が自分にまだ未練があることを喜んでいる様子は微塵も感じられなかった。
私はビクビクしながらも、
「やり直す……の?」
と、訊ねてみた。
「そりゃお前には関係ねぇだろ」
土橋修は一旦は私に冷たく言い放ったが、すぐに我に返ったように、
「……全くの無関係ってわけでもねぇか。郁美がお前に相談してたってんなら」
と言うと、壁にもたれかかって硬そうな黒い髪の毛を右手でグシャグシャと掻きむしりながら申し訳なさそうに唇を尖らせた。