天誅タイム-3
大会議室で行われた閉講式では、実習生全員が一人ずつ板東から修了証書を手渡された。板東のすぐ横には佐藤事務長が寄り添うように立ち、一枚ずつ証書を板東に手渡していた。真雪が板東の前に立ち、証書を受け取る時、彼女の脚が細かく震えているのをユウナとリサは目撃した。実習生の最後に立ったユウナが証書に手を伸ばした時、リサは彼女が鋭い眼で板東を睨み付け、手渡された証書を板東からふんだくるようにして受け取るのを見た。
席に戻ってきたユウナにリサは囁いた。「あからさまよ。」そしてふふっと笑った。
正面の演台では板東の最後のあいさつが始まった。
「まったく、何食わぬ顔して・・・・。」ユウナが吐き捨てるように言った。
「厚顔無恥って言葉がぴったり。」
「で、どうだった?手紙の件。」
「やっぱりだめだったみたい。もう残ってなさそう。」
「そう。残念だな。」
「その時、顕子先輩が訳を聞いてきたから、私、少しだけ事情を話したけど、よかったかな。」
「何て言ったの?」
「今年も実習生が一人犠牲になっちゃって、私、彼女のために何か手を打とうと思って、って。」
「それぐらいだったら問題ないよ。ありがとう、リサ。」
荷物をまとめ、水族館の正面玄関前に実習生全員が集合する時刻の少し前、ユウナとリサは事務室を訪ねた。
「あら、どうしたの?」佐藤事務長は顔を上げた。
ユウナが言った。「あの、記念に佐藤さん、あたしといっしょに写真に写ってもらってもいいですか?」
「いいわよ、喜んで。」佐藤は席を立った。「ユウナさん、毎朝みんなの分のノートを、ここに取りに来てくれてたからね。」
「ここがいいかな。コピー機の前。事務室ってわかるから。」
「そうね。」佐藤は微笑んだ。
リサはコンパクトカメラを構えた。ユウナと佐藤は並んで立った。バラの香りがした。ユウナはピースサインをした。フラッシュが光った。「もう一枚撮りまーす!」リサがファインダーを覗いたままズームレバーを動かして言った。パシャ。二度目のフラッシュが光った。
「どうもありがとうございました。」ユウナはぺこりと頭を下げた。「実習、とってもいい経験になりました。お世話になりました。」
「今度はお客さんとして遊びに来てね。」
「はい。是非。」
カメラを持ったリサが先に事務室を出て行った。ドアノブに手を掛けたユウナが、ふと立ち止まり、佐藤に振り向いた。「あ、あの・・。」
「なに?」
「佐藤さんにだけはお話しておきたいんですけど、」
「どうしたの?」佐藤はユウナに歩み寄った。
「あたし、変な噂を聞いたんです。」
「変な噂?」
「はい。実は、あたしたちが今回の実習でとってもお世話になった板東主任、」
「俊介さんが、どうかしたの?」
「実習生の一人を食事に誘って、そのままホテルで関係を持った、って。四日目の晩だそうですけど・・・・。」
「・・・・!」佐藤は絶句して顔を真っ青にした。そして次の瞬間、彼女の顔は真っ赤になった。
「たぶん、何かの間違いですよね。そんなことあり得ませんよ、あの紳士的な板東主任に限って。ごめんなさい。ただの噂です。」ユウナはそう言って事務室を出てドアを閉めた。