天誅タイム-2
「私たち、真雪に何かしてあげられないかなあ。」
ユウナは目を上げてリサを見た。「できる。できるんだよ、リサ。」
「言って、ユウナ。私、何でもするわ。真雪のために。」
「うん。じゃああたしの計画を聞いて。」
「わかった。」
ユウナは真剣な顔でリサに向き直った。
「さっき、朝食前にあたし、事務室に行ったんだ。みんなの分の実習ノート受け取りに。」
「そうか、あなた実習生の代表者だからね。」
「うん。そしたらね、事務室のドアをノックしたとたん、中から板東主任が出てきたんだ。」
「事務室から?」
「そう。それで、あたし軽く会釈して中に入る時、すれ違った彼の身体から、ほんのりと甘い香りがしたの。何て言うか、バラの香りのような・・・。」
「男の人が使うような香水の匂いじゃなかった、ってことよね?」
「うん。それからあたし、女性事務長の佐藤さんに頼んでノートを返してもらったんだけどさ、その佐藤さんが、学校宛の実習完了報告書の写しをとるためにコピー機に立つ時、さっきの板東主任と同じ香りがしたの。」
「ほんとに?」
「怪しいでしょ?怪しいよね?思いっきり。」
「佐藤さんって、事務長なのにまだ若いわよね。三十歳前後ぐらいかな。」
「見た目それくらいだとあたしも思う。でも、それだけじゃないんだ。」
「え?」
「佐藤さんが自分の机に置いていたマグカップと同じ物を、流し台で発見した。」
「マグカップ?」
「そう。形が同じで色違い。佐藤さんのが青色で、流し台に置いてあったものが黄色。おまけに、その黄色いのの下の所に小さく『S.B.』ってイニシャルが。」
「『S.B.』?」
「板東主任のフルネームは『板東俊介』。」
「怪しすぎるわね。」
「それだけじゃなくて、そのマグカップの縁には赤いものが付着してた。」
「もう間違いないわね。板東主任は佐藤さんとデキてる。」
「絶対だよ。あたしもそう確信した瞬間、もともと板東に抱いていた怒りのマグマが一気に爆発したもん。こいつ、奥さんがいて、子どもがいて、しかも真雪を手籠めにしておきながら、職場にちゃっかり不倫相手を囲ってる!も、もう許せないよ、絶対にっ!」ユウナは大声を出した。
「それで、私が板東から住所を聞き出して、どうしようっていうの?」
「年賀状を送りたいので、教えて下さい、とでも言って聞き出してよ。それを使ってあたし、奥さんに手紙書く。だからできれば奥さんの名前もいっしょに聞き出して。」
「わかったわ。何とかする。」
「で、その顕子先輩、板東について他に何か言ってた?」
「ええ。顕子先輩といっしょに去年実習に参加した先輩の一人が、板東に誘惑されて、愛人にさせられたらしいのよ。」
「あ、愛人に?!させられた?」
「その人、板東に本気になっちゃって、実習後もずっと連絡とってたんだって。手紙で。」
「手紙?電話とかメールじゃなくて?」
「彼女、板東のケータイ番号もメアドも知らされてなかったんだって。手紙はこの水族館宛て。」
「なるほど。」
「板東はなかなか手紙の返事をよこさなかったから、彼女何度もこの水族館に足を運んだんだって。でも板東は会おうとしなかった。」
「ま、そんなところだろうね。」
「でも、その後一度だけ彼女に手紙の返事を送ってきた。その内容が『僕の愛人になってくれ。君を大切にするから。でも、僕から連絡するまで、君からは何もしてこないで。』だったって。」
「むっかつくうーっ!」ユウナは拳を握りしめた。
「でも、それきり板東からは何の連絡もなし。その唯一の手紙には板東のケータイ番号もメールアドレスももちろん書いてなかったし、彼の自宅の住所すら書いてなかった。それでようやくその人は、板東に遊ばれてただけ、ということに気づいたってわけなの。」
「あたし決心した。もう許せない。女の敵に天誅を下してやるっ!」
「これからどう動くの?ユウナ。」
「あんたがあいつの住所を聞き出したら、速攻で奥さんに手紙書く。『貴女のご主人は、職場の事務長の佐藤と不倫してます。その上、今月の実習で参加した実習生の一人を誘惑して、関係を持ちました。さらに去年の実習生ともそういう関係になったことがわかっています。以上。』」
「歯切れいいわね。ユウナ。」
「リサはさ、もう一度顕子先輩に電話してくれる?そしてその愛人になってくれ、って言われた人が、今でも板東からの手紙を持っているかどうか、聞いてもらって。」
「今でも残っている可能性は低いわね。その手紙。私だったら、破り捨てちゃうもの、きっと。」
「たぶんね。でも念のため。証拠をできるだけたくさん集めたいんだ。手紙以外でも、何か残ってないか聞いてもらえる?」
「わかったわ。」
「それから、あんたデジカメ持ってきてたよね?」
「ええ。あるわよ。」
「後で一緒に事務室に行こ。」
「え?何するの?」
「あたしに考えがあるんだ。」