puppet title-2
そして宇桜優伊奈捕獲を実行を翌日に控えたその日、私の想像をはるかに凌駕するハプニングが発生した。ターゲットである宇桜優伊奈が死んでいたのだ!死んでいただけではない。その上、体中の水分を抜かれて青いペンキを流し込まれ、何処から見ても真っ青な人間になったいたのだ!何事においてもハプニングは付き物、という言葉をこの長い人生の中で味わったことは無いのか?と尋ねれれば、すかさず否定できる。それほど恵まれた人生を歩んできたつもりはない。自分だってノリに乗っている時期も会ったし、とことんうまくいかなくて非常に挫折した時期も会った。が、しかしである。こんなケースは初めてだ。初めてに決まっている。たとえ家に帰れば何体ものお人形が所狭しと並んでいて、それを眺めるのが日課という、かなり『踏み外し』た人生を歩んできている、かなり『人外』な自分でさえも、こんなケースは初めてだ。初めてに決まっているじゃないか!
で、翌日。あの心優しき宇桜優伊奈をあのような残酷な形で殺されたと言うことと、彼女に先に手を出されたという二つの怒りに任せ、捜査を始めた。青いペンキを流し込んで人を殺すなんていうのはどこからどう見ても猟奇殺人だし、これに似た殺され方の死体を見たことがある。最近、この手の殺人死体を多く町で見かけるのだ。この手の死体とは、すなわち芸術を表現した感じの、そんな死体だ。そうでもなければこんな手の込んだ殺し方はすまい。すなわち犯人は芸術に関心がある人間だと言うことか?これはいくらなんでも早計だと思いつつも「ちょっと、そこの君」と、たまたま近くにいた宇桜優伊奈と同じ嵐間高校の制服を着た少女に声をかけてみる。自分で言うのもなんだが、見た目的にはナイスミドルと形容しても差し支えないほどの容姿を自負しているため、声をかけた女子生徒に警戒心は見受けられない。
大した間もおかず
「はい。何ですかー?」
と明るく答えてくれた。なかなか好印象だ。機会があったらコレクションに入れてあげよう。
「この辺りで有名な画家がいるとか、そんな噂を聞いたことは無いかな?」
できる限り柔らかい声と笑顔で尋ねる。この状態になった私は誰にも止められない。360度何処から見てもジェントルな紳士だ。もしこの少女が年上好みなら、三日で口説き落とせる自信がある。
「うーん、画家ですかぁ…あ!そう言えばですねー」
「ふむ?」
「この学校って実は美術部がメチャクチャ強いんですよー!どれくらい強いかって県下一って言われるくらいなんですけどね!おっとおじさん!ここで、芸術は誰かと競ったりするものじゃないのだから強いと言う言い方は間違ってるよ、なんて突っ込みは期待してませんよー!いくら美郁が馬鹿でもそれくらいの日本語能力はありますからー!」
「あ?ああそうなのかい?もう少し君の自分に対するフォローが遅かったら、思わず君の発言に突っ込みを入れてしまうところだったよ。はっはっは」
少女の話がわき道に逸れても、気の大きなふりをするため、一応話を合わせる。しかしよく喋る少女だな。
「それで、その県下一の美術部がどうしたのかな?元気なお嬢さん?」
「あ、それなんですけどねー。実は」
そこまで話して、少女の声のトーンは一気に下がる。
「実はですね、これ、学校に関係の無い人には話しちゃいけないって言われてる出すけどね」
でもおじさん良い人っぽいから、と続けながら少女は私の耳元に口を寄せる。その理由は、もちろん大きな声で言えることではないからだろうが。でも私としては少女の息が耳に当たり、なにやらエクスタシーを感じていたりするのだが。
「実は、1年以上前から美術部はほとんど1人きりになっちゃったんです」
「うん?それはどういうことかな?部員がこぞって辞めてしまったと言うこと?」
「いや、そうじゃなくて…顧問もいないんですけど…」
「?」
どうにも要領を得ない。しかし私はあくまでも少女を急かしたりはしない。それが私の思い描く紳士像だから。
「……あの、実はその一人を除いた美術部関係の人、その、驚かないで下さいね?実は、その一人以外の全員が、死んじゃったんです」
「…なんだって?」
驚いたふりをするけど、もちろんこれは演技。そんな死体が一つ二つ増えたところで驚くような状況ではないのに。私が、では無く、この嵐間町が、だ。
もうすっかり町全体に、死という異常が染み付いてこびり付いたと思っていたのだが、得てしてこのような笑顔の絶えない、純真な少女のほうが染まりにくのかもしれない。
ああ、きっと心に深い傷を負っているのだろう。可哀想に。こんな笑顔が素敵な少女に憂い顔は似合わない。私のコレクションになれば世の中の猥雑な事情から乖離できるのに。そして願わくば、その無垢な笑顔を私だけに見せて欲しい。