puppet title-10
次にまぶたを固定するため、プラスチック製の器具をまぶたの裏に入れる。極薄で、かつ透明度が高いため、一流ちゃんの澄んだ瞳の魅力を全く損なわない。
次に、上顎と下顎に糸をかけて口が開かないように縫う。そして薄い歯型を入れ、その上に脱脂綿を敷き、さらにワセリンを塗って、皮膚の乾燥を防ぐ。これでこの艶やかな唇とはいつでもキスができるってことだ。
再びメスを入れ、肺に溜まっている水も出し、次いで静脈の摘出に。右首付け根の一部を切り開き、奥にある頸動脈を掴み出す。その血管が引っ込まないように棒を差しこみ、同じ手順で静脈も肌の外に出す。動脈の血管を縦に切り開き、そこから管を差し込んで、動脈液を注入する。どん、どん、どん。
その際液が回りやすいように、遺体をマッサージする。ぐいぐい。
そして、静脈も、動脈と同じ箇所をきる。これで血の出口が2つになったわけだが、片側だけは結ぶ。そうすると、先ほど注入した動脈液の圧力によって血液が静脈から押し出されるのだ。
こうすることによって全身の血液を交換するのだが、私はこの瞬間、とても昂ぶる。
人間の血液が単なる科学薬品に変る瞬間。
人間が人間ではなくなり、単なる人形になる瞬間。
性的興奮というわけではないのだが、言葉にするのは難しいのだが、あるいは手品を見ているときのような、不思議だけど、不可解だけど、奇妙だけど、それでももっと見てみたいと願うの瞬間に似ている。
さあ、後一息だ。次に内臓の処理にあたる。これにはトロカーと呼ばれる、漏斗の注ぎ口を狭めた感じの、結構特殊な器具だ。これを臍の気持ち右上の部分から差し込み、各臓器の水分を吸い出すのである。その順序は、膀胱、盲腸、肝臓、右ろく膜、左ろく膜、胃、そして結腸である。内臓の部分は腐敗しやすく、700〜900グラムの流動物が、腹部からホースを通って流し口に排出される。
縫合をして、さあ、これでほぼ完了だ。
「るんるる〜ん」
などと鼻歌を歌いながら私は富田一流の顔にメイクを施す。ほとんどお人形さんたちに毎日やってあげているので、もう慣れっこだ。
「あ〜あ〜あ〜。うん。これはいい。いいな」
完成した。
富田一流はお人形になった。
人間をお人形にして、情欲を満たすというのは間違っているのだろうか?きっと、それは禁忌に近いくらいと言っても差し支えのないものだろう。
しかし、私は禁忌を犯す。
そうして完成したのだ。
そうして誕生したのだ。
人間が、お人形になるという神秘を。
富田一流という生きた人間が、自分の意思を持ち、自分の足で歩く人間が、
富田一流という名前のお人形に、ただ私に可愛がられて、何もできないものになってしまう。
その工程の一つ一つに染み出るえも言われぬどうしようもない甘美は、きっと大衆には理解し得ないのかもしれないが、それは神が人間をお造りになった時の様に神聖であり、厳かであり、希望に満ち溢れたものであると私は確信している。
その証拠に、見たまえ。この富田一流の美しさを。
私はそれを表現できるような美的センスは持ち合わせてはいない。
私は電気を消す、窓から月光が差し、それは神秘な光は富田一流の美しさを一層引き立てる。
「ああ、君は永久に私のものだ。もちろん私は永遠に君を愛しよう」
永久。永遠。
人間には届かない言葉のはずだ。
しかし、私たちは違う。
お人形となった少女たちは老いを知らず、病を知らす、裏切りを知らず、不幸を知らず、絶望を知らず、暴力を知らず、何より死を知らない。
富田一流は時間の概念を捨てた。
美しい状態は果てしなく、終わりなく、続く。
「さあ、私の愛を受け取っておくれ」
富田一流を私は抱きしめた。
そして、唇を重ねる。
そして、窓が割れた。
窓が割れた?
ちょっと待て、どうして窓が割れるんだ?
「こんばんわ。夜分すみません」
なんだ?
誰の声だ?
私のコレクションの中にこんな声を持つ人間がいたか?いや、そもそも、私のお人形は自らの意思での移動は不可能だ。