接点-3
とにかく土橋修に話しかけなくては、と言うプレッシャーから、私は自然と土橋修の姿を目で追い、様子を伺い、話しかけようかと意気込んでは怖じ気づいてしまう、ということを繰り返していた。
◇ ◇ ◇
「桃子〜」
友人の沙織が私の席に駆け寄る。
私がボンヤリ考え事をしてる間に、日本史の授業は終了していたみたいで、あちこちでワイワイと雑談する声が聞こえてきた。
周囲を見回すと、みんなおしゃべりしながらゾロゾロと教室を出て行く所。
「あ……、次は何だっけ?」
「体育じゃん。どうしたの、最近ボケーッとしてばっかり」
沙織はそう言って、首を傾げてくりっとした大きな瞳をこちらに向けた。
うう、可愛い。
パラリと肩から流れ落ちる緩やかなパーマのかかった栗色の髪の毛と、綺麗にビューラーで上を向けられた長い睫毛が今日もバッチリ決まっていた。
私は力のない笑顔で沙織を見ると、
「最近あまりよく眠れないんだよね」
と、めんどくさそうに言った。
◇ ◇ ◇
体育館に向かうため、沙織とおしゃべりしながら廊下を歩いていると、すぐ先に土橋修のいる集団が通路を塞いでいるのが見えた。
何が楽しいんだか、やたらと大きな声で笑い合っていて。
七、八人程の男子が集まっている光景は妙な威圧感があって、横を通り抜けるときは少し怯んでしまう。
私はその集団と目が合わないよう、下を向いて肩をすぼめて、彼らの脇を通り抜けた、その時。
「おい」
低い声が私の背中に向けられた。
足を止め、おそるおそる振り返ると、“あの”土橋修が無愛想な顔をこちらに向けていたのである。
とっさの出来事にどうしていいのかわからず、体操着の入ったバッグを持つ手にやけに力が入った。
何か言った方がいいのか、下を向いて考え込んでいると、土橋修はゆっくり近づいてきて、
「沙織、早くCD返せよ」
と、私の方ではなく、隣にいる沙織に話しかけていた。
よく考えたら当然だ……よね。
私は彼と面識が無いのに話しかけられるわけがない。
私は密かに安堵のため息をもらし、沙織と土橋修の会話を居心地悪く聞いていた。
間近でみる土橋修は、思ったよりも背が高くて、色黒な肌も、骨張った手も、低くて落ち着いた声も、不思議と私の心をとらえて離さなかった。
「あ〜、すっかり忘れてた」
沙織がペロッと舌を出す。
「おい、ふざけんなよ。明日持ってこい!」
言葉こそキツいが、土橋修の表情は柔らかい笑みを浮かべていて、冗談を言い合える仲なんだということが伝わってくる。
そんなやり取りに、なぜか沙織が羨ましく思えて仕方がなかった。