暖かな氷の世界 * 流血表現があります-1
「嵐が来たんだよ。王妃の冠を乗っけた怖ぁいのがね」
倒れた本棚の上に腰掛けた『僕』が、肩をすくめてみせた。
小さな窓が一つあるだけの書庫は、もう長いこと忘れられ、以前は僕以外に入る人もいなかった。
差し込む月光と、ぼんやり光る天井画が、室内の惨状を照らしだしている。
整然と並んでいた重厚な本棚は引き倒され、壁紙はビリビリ。その下の石壁にさえも、あちこちにひびを入れられていた。
床一面が本の海だった。
読むために出したのでも、敬意を払って置かれたのでもなく、ゴミのように投げ捨てられている。
隠し扉でもないか、血眼で探した結果だ。
天井にも探りまわした後があるが、比較的綺麗なままだった。
描かれている月の女神に多少の遠慮があったのだろう。
女神は天体図の脇で、荒れ果てた室内を微笑みながら見下ろしている。
「君を捜しに来たのですか?」
足元に注意しながら進み、『僕』の隣りへ腰掛けた。
昔、魔法で僕が作りだした分身は、時が流れても関係ない。
僕はもう11歳になり、背も高くなったけれど、彼は書物に記された文章のように姿を変えず、五歳の子どものままだ。
「そうだよ。ヘルマンに手助けをしている人間が、絶対いるはずだって。そうでなければ、あんなに何もかもこなせるはずがないって、喚いてた」
『僕』はケタケタ笑い転げる。
「全部、君の実力なのに。よっぽど認めたくないんだろうね」
「彼女がどんな声を立てたか、簡単に想像できますよ」
王都中の鶏が束になっても敵わないだろう。
「僕はずっと目の前にいたのに、探せ探せって、兵たちに大騒ぎだよ」
「君は僕以外には見えないし、声も聞こえませんからね」
「そうだね。それに、この書庫から出る事も出来ない」
手を伸ばし、『僕』の頬に触れてみた。
暖かい皮膚が指先にふれる。