COLOR-4
ふと気がつくと涙が頬を伝っていた。
涙なんか枯れたと思っていたのに。
僕は静かに涙を拭った。
時計を見るといつの間にか夜の７時を過ぎていて、雨も止んでいた。
そろそろ春菜が帰ってくる。
春菜が越して来てそろそろ１ヵ月が経とうとしていた。
花屋のバイトが終わると必ず僕の部屋で過ごすのがこのところ習慣になっていた。
…美香からはもう合い鍵を返してもらっていた。
「たくみ〜？」
ガチャリと扉の開く音がして振り向くと同時に春菜が玄関に上がっているところだった。
『お疲れ。雨、大丈夫だったか？』
「うん。ちょうど止んでてね、ラッキーだった。」
そう言って笑顔でキッチンに向かう。その手にはいつものように色鮮やかな花束があった。
『今日ももらってきたの？』
僕は花束を見つめながら言った。
「うん。寿命が短いからね、花は。お店で売れ残って捨てちゃうのもったいないし…」
花瓶に綺麗にいけられた花をテーブルに静かに置く。
「それに殺風景なたくみの部屋が少しでも色づくでしょ。だから一石二鳥。」
にっこり笑った春菜に僕はありがとう、と言った。
青、赤、黄、オレンジ、ピンク水色…―
春菜が隣に越して来てから色とりどりの花をバイト先から貰って来ては僕の部屋に飾るようになった。
初め、僕は春菜の部屋に飾ったら、と言ったけれどたくみの部屋にいる事が多いから、と照れたように笑って言った。
春菜は僕の友達ともすぐに打ち解けるようになり、その気さくさと春菜の外見もあって友達の中で今では姫のような扱いだ。
僕はそんな春菜の兄的存在になっていた。
『飯食った？』
「ううん、簡単に何か作ろうか？」
『春菜が作る位なら俺が作るよ。』
「なんでよー」
むぅっと拗ねた顔の春菜も可愛らしい。
春菜は僕より料理が下手くそだった。だから料理は僕が作る事が多い。
僕はキッチンに立って手際よく料理を始めた。
部屋からはテレビの音と春菜の笑い声が時々混じって聞こえる。
この１ヵ月の短い間で僕の生活は変わったと思う。
色の無かった僕の世界が色を少しずつ取り戻しかけている。
春菜が僕の部屋に花を飾り、殺風景な部屋が色みを持ち出したように。
僕は少し嬉しい反面戸惑っていた。
郁美の事が思い出になろうとしているんじゃないかと。
忘れるわけなんかないのに忘れてしまうじゃないかと。
僕が楽しそうに笑うたびにあの白い部屋で悲しそうに笑う郁美の笑顔を思い出す。
『たくみ…あたしいつか忘れられるのかな…。何年も経ってあたしがここにいた事、皆、たくみも忘れるのかな。…あたし死ぬなんて怖くないよ。でも…忘れられるのが怖い…たくみ…あたしがいた事…忘れないで』
あの時郁美はもう諦めに近い笑顔でそう言った。僕はどうしようもないやりきれない気持ちになって…でも涙があふれるのを我慢しながら馬鹿みたいに元気な声で一生懸命だった。
『何言ってんだよ！郁美が死ぬわけないし！すぐ元気になってさぁ遊びに行こうよ。俺がどこでも郁美の好きなとこ連れて行ったるじゃん。こんなん特別だからな！』
『ふふ…じゃぁ遊園地連れてってもーらぉ。たくみが嫌って言う位絶叫系乗りまくろっと！』
…二人の初めてのデートは地元では大きな遊園地だった。
僕は最期まで…郁美に嘘をつき続けた。
郁美のついたうそ。
切な過ぎて、悲しすぎたうそ。泣きそうだった。
お互いわかってた。
でもそうする事でしか見えない不安に勝てなくて、夢ばかりを語っては笑った。
そんな事をぼんやり思い出して僕はすぐそばに春菜が立っている事に気がつかなかった。
「…たくみ？」
春菜の声にはっと我に返った。
『あ…ごめん。ぼーっとしてた。どした？』
「呼んでも返事しないから。…たまには飲もうか？」
心なしか寂しそうな笑顔の春菜はビールを手にそう言った。