迫る兎-1
放課後、女の子と部屋で二人きりだった。
と言っても、彼女と二人きりになることは、特に珍しくもない。
向こうもありふれたことだという認識があるのだろうか、椅子に思い切り背をもたれて、机の上に行儀悪く足を放り出し、ファッション雑誌か何かを読んでいる。
椅子と机はやたら豪華なもので、椅子は水牛の本革を張り地に使っており、机は高級なチーク材を使った総木彫の、やたら大きなものである。
ポリポリ音がするのは、彼女がポッ○ーを食べている音だ。
ここからは彼女の白い靴下と、小麦色のふくらはぎが少し見えている。
真横からなら、太ももやらパンチラやら期待出来そうな彼女の格好であるが、嘆かわしいのは俺が男として見られていないように思われる事だった。
チラと彼女の顔を見てみた。
ほんの少しクセのあるふわふわした栗色の髪が肩下まで伸びて、前髪はサイドに流しヘアピンで止め、おでこを見せている。
肉付きの良い唇が少し開いてニヤけていた。何か面白い記事でも見つけたのだろうか。
少々太めの眉は手入れをしていないというか、していなくても凛として威厳がある。
大きなアーモンドのような瞳は、気品を纏いつつも人好きのするいかにもリーダー、と言ったカリスマ性を感じさせた。
そして、まさしく彼女こそ生徒会長なのである。
「会長」
「ん? 何? リクオ君?」
「暇、ですね」
「そうね。まぁ、いつもの事じゃないのォ? ん? あ……あ、痛ッ! 足ッ! 足、攣った!」
「ええ? もう、そんな行儀悪い格好で本なんか読むから」
「ちょっと! そんな事より、早く! 足、どうにかして!」
彼女の名は、ヨウコと言う。その名の通り、陽性の性格で誰とでもすぐに打ち解ける。
俺は足を机の上に置いたままもがいているヨウコの横に急いで移動した。
めくれたスカートから、むっちりした太ももが俺の視界に入ったが、多少残念なことにヨウコは何故かスパッツを履いていた。
机の上に置いてある彼女の足を掴んで下ろし、そのまま足首の筋を伸ばしてやる。
ふっくらとしなやかな、ヨウコのふくらはぎから足首にかけての感触。
あいーっ、とヨウコが奇声をあげて悶えていたが、やがて楽になったのか大人しくなった。
「はー……ん、だいぶ治まってきた。ありがと、リクオ君」
「どういたしまして。それより、本くらいちゃんと座って読んでくださいよ」
「いいじゃない。この椅子フカフカだし、机も無駄に上等だからなんとなくこうしたくなるのよねェ」
椅子や机が上等なのは、校長室からのお下がりだからである。
ということは、校長室にはさらに上等な新品があるわけで、この私立高校の経営はそれなりにうまくいっているらしい事を物語ってもいた。
自由な校風だった。校則が緩く、やかましい教師もいなければ、風紀委員も存在しない。
それはこの学校の生徒に不祥事をおこす者が少なく、進学率がまずまず良い証左だ。
従って、この生徒会も代々かなり緩いものとなっていた。
「会長も、女の子なんですから。書記のハヤカワさんに怒られますよ」
「そうなんだけどさァ、今はリクオ君しかいないし」
「俺だけの時も、止めてください」
「えー、どうしてよう? 今まで何にも言わなかったクセにィ?」
「それは」
「それは?」
「……俺が、会長のことを、好きだからです」