双子の兄妹-7
マユミは決心したように顔を上げた。「ケン兄」
ケンジはぎこちない微笑みを返した「どうしたんだ?」
「あたし……あたしね、先輩に抱きつかれた……」
「えっ?! だ、抱きつかれた?」
マユミはコクンと頷いた。
「い、いつ?」
「昨日」
「そ、その先輩って?」
「うん。つき合ってた先輩……」
「お、おまえ彼氏がいたのか?」
「彼氏……って言うか……」マユミは言葉を濁した。
「で? 何されたんだ? 抱きつかれただけだったのか?」
ケンジは少し興奮気味にマユミに訊いた。
「メールではよく話してたけど、リアルにはあんまり会ってなかった。先輩部活で忙しい人だから。だから『彼氏』って言う程の関係じゃなかった……ってあたし、思ってた」
「そ、それで、昨日、おまえ……」
「初めて街でデートして、先輩の家に呼ばれて、部屋で……」
マユミは言葉を詰まらせ、唇を噛みしめた。
「ら、乱暴されたのか? ま、まさか、む、無理矢理……」
ケンジは身を乗り出し、顔を赤くして声を荒げた。
マユミは指で涙を拭い、寂しそうに微笑んでケンジを見た。「ううん。服脱がされたりしたわけじゃないんだ。いきなり抱きつかれて、その……」
ケンジは固唾を呑んでマユミの次の言葉を待った。
「む、胸に触られた……」
またマユミの眼から涙がぽろぽろとこぼれた。
「む、胸に……」ケンジはようやくそれだけ言って、腰を浮かせたまま固まった。
彼はうつむいたままのマユミの胸元を見た。ゆったりとした裾の短いTシャツの大きく開いた襟の奥に、ブラに包まれた彼女の大きなバストの谷間がちらりと見えた。ケンジは慌てて目をそらし、自分の胸を手で押さえた。図らずも鼓動は速く大きくなっていて、彼はそれを必死で落ち着かせようと焦った。
しばらく沈黙の時が流れた。
「その先輩にされたのって、それだけ……だったのか? マユ」
「……うん」
「いやだった……んだな」ケンジは紅茶を一口飲んだ。「で、でも良かったな、それだけで済んで」
マユミは顔を上げて、ケンジを睨むような目で見た。
「男のコって、みんなそうなの?」
「えっ?!」
「高校生の男子って、みんなそんな事したい、って思ってるわけ? チャンスがあったら、女のコの身体に触りたいって」
ケンジはまるで自分が責められているような気がして、身体を固くしてうつむいた。
マユミは自分が発した言葉の熱さと鋭さにいささかたじろいで、思わず息を呑み、慌てて続けた。「あっ……、ご、ごめん、ケン兄。あたし、ケン兄を責めてるわけじゃなくて……」
「わ、わかってる」
「あたしの事、心配してくれてるのに、きつい態度だったね……ごめん……」
「無理もないよ。それだけショックだったんだろ? マユ」
「う、うん……」
「初めてのデートでそんな事されたら、やっぱりショックだろうな、女のコは……」
マユミはティーポットからケンジのカップに紅茶をつぎ足した。「ケン兄には、彼女がいるの?」
ケンジは意表を突かれて身体を一瞬小さくびくつかせた。
「つき合ってる子、いるの?」
「い、いないよ」
「ほんとに? だって、ケン兄モテモテなんでしょ?」
「し、知らないよ、そんなの」ケンジは顔を赤らめ、マユミから目をそらした。
「あたしの学校の部活の友だちもみんな言ってるよ、ケンジ君素敵だ、って」
「な、なんでそんな事……」
「それにケン兄、学校でも、もう何人もの女子に告白されてるんでしょ? 噂はあたしの学校まで届いてるよ」
「な、何人ものって……お、大げさだよ」
事実、ケンジは所属している部活のみならず、他のクラス、他の学年の女子生徒からもほぼ毎月のように告白まがいの行為を受けていた。
「いるの? 彼女」
「い、いないってば」
「じゃあさ、どうなの? もし彼女ができたら、一刻も早く抱いたりキスしたいって思ったりする?」
「い、一刻も早くって……」ケンジは思いきり困ったように顔を歪めた。「そ、そりゃあ、俺だってオトコだし、そんな気になるかも……知れないけど」
「やっぱり?」
マユミが少しがっかりしたように肩を落としたのを見て、ケンジは慌てて付け加えた。「で、でも、俺は相手の気持ちを確かめずに、そんな事しないぞ」
「ほんとに?」
「だ、だって、そんな事したら、いっぺんに嫌われちまうじゃないか」
「そんな冷静な判断ができるの?」
「た、確かにその時になったら、どんな行動に出るか……わからないけど……、でももしやっちまった、って思ったら、俺ならきっと速攻で謝る」
顔を真っ赤にして、必死で訴えるように真剣な顔をしている目の前のその兄を見て、マユミはほっとしたように小さなため息をつき、柔らかく微笑んだ。
「ケン兄優しいからね。きっとそうだね」そしてカップを口に運んだ。
「その先輩とは、別れたのか?」
「うん。もう会わないってメールした」
「で、そいつは諦めたのか? おまえを」
「それからメールもこないし、学校ですれ違っても何もない」
「そうか……」ケンジも冷めてぬるくなった紅茶を口にした。
「しばらくは、そんな時ちらっとあたしを見て、申し訳なさそうな顔をして目をそらしてた」
「後悔してるんだな、そいつも。きっと突っ走り過ぎた、って思ってるんじゃないか?」
「そうだね。たぶん……」
「だけど、謝って、またつき合い続けたい、って言ってきたわけじゃないんだな」
「そこまであたしの事、思ってくれてたわけじゃなかったんだよ、きっと。先輩もあたしの事を彼女だってあんまり意識してなかったんじゃないかな」
ケンジは肩をすくめた。「なるほどな……」