世界は時々美しい-4
「分かった分かった、泣くなってー」
しょうちゃんは電話口で笑いながら私をなだめた。
「だって…だって…」
「おうおう、だってどうしたー?」
「目に浮かんじゃったんだもん。」
「なにがー?」
「彼女の帰り嬉しそうに待ってるところ。」
「そっかそっか。それが悲しかったのねー。」
「悲しかったっていうか…ムカついた…」
しょうちゃんは、苦笑した。
「しょうちゃん」
「ん?」
「その消防士さんてね、救急の人なんだ。」
「…そうなの?」
「私が部屋で首でも吊ったら、
迎えにきてくれるかな。」
電話の向こうでしょうちゃんが青ざめるのを感じた。
「なに馬鹿なこと言ってるの。」
静かに、諭すようにしょうちゃんは云った。
「私が死んだら、
メール無視した事とか、エッチの時に乱暴にした事とか、彼女の話しばっかしてた事とか、
後悔するかな。」
しょうちゃんは、一呼吸置いたあと、
「利津子ちゃん。」
と云った。
「…はい。」
「ジャックプレヴェールて知ってる?」
「へ?ジャック…?俳優?」
「詩人」
「しらない」
「天にまします我らの父よ、天にとどまりたまえ」
「…え?」
「最後まで聞いて」
「…はい」
「天にまします我らの父よ天にとどまりたまえ
我らは地上に残ります。
この世はときどき美しい
この世のすべてのすばらしさは
地上にあります。」
「え?えっと…」
「何が言いたいかっていうと、
死んだっていいことないよ。この世は美しいんだから、
生きてよ。」
「でも、美しいのってときどきなんでしょ?」
「ときどきだから、いいのー。利津子ちゃんはお子様だなー。」
「…。」
「なんかあったら電話しろよー?」
「うん、ありがとう。」
しょうちゃんがいて、良かったと思った。