G-9
「これって……」
現れたのは「婦人の友」「女学生の友」という、かつて雛子が愛読していた女性雑誌だ。
これといった娯楽の少ない、僻地に赴任した妹の事を案じて、光太郎が購入したのだろう。
「ぷっ!くくくっ……あははははっ!」
雛子は笑わずにおれなかった。書店へと赴き、女性雑誌を購入する兄の様相を思うと、何とも滑稽に思えた。
突然、弾ける様に笑い出した不可解な行動を、林田は柔和な眼で見ていた。
「何が、そんなに可笑しいんです?」
「あははは!……だって、あの堅物の兄が、こんなの送るなんて、あはは!」
心の底から笑う。美和野村に赴任した雛子にとって、ある意味初めての出来事だった。
夜を迎え、雛子は枕元で何やら読んでいる。
林田が帰っていった後、しばし荷物の事を忘れて、晩の準備に取りかかった。
夕食に風呂。これらを手際よくこなし、全てを終えたのは午後九時を少し回った頃だった。
「明日も早いし、さっさと寝ちゃおうっと!」
雛子は早めに床に就こうとして、茶の間の隅に追いやった荷物に目をやった。
「そうだ!あの新聞」
十年ぶりの長野日日新聞。今思えばあの頃は“嘘で塗り固めた記事”が殆どで、地元の出来事は僅かしか取り扱っていなかった。
「どんな内容が書いてあるのかしら」
雛子は、蜜柑箱の中から四つ折にされた新聞を取り出し、大きく拡げた。
「あら?」
すると、新聞から封筒がぽとりと落ちてきた。兄の字で「雛子へ」と書かれた封筒。初めての事に、雛子は思わず唾を飲んだ。
早速封を切り、中身を取り出して目を通す。懐かしい文字が、便箋を埋め尽くしていた。
──前略、雛子へ。
教師になって二月足らず。奔走の日々に追われている事と思います。
父の様な教師になる事を信条とするお前だから、どんな困難に遇っても立ち向かう心構えだろう。
唯、兄としての私の願いは、時々は実家に連絡するように。父は口にこそ出さないが、お前が心配のようだ。
(そんな。お父さんが……)
内容に雛子は驚いた。父が自分の事を気に病んでるなんて、露ほども思っていなかったからだ。
美和野村に向かう朝も、心配顔の母と違って何時もと変わりなく、唯「頑張ってこい」とだけ言って送り出してくれた父。
「お父さん……」
雛子の心に、郷愁がこみ上げる。自然と涙がこぼれ落ちた。
──ところで、同封した新聞は、先日、母が父との旅先で購入した物だそうだ。
今回、荷物を送る際、母が是非、お前に見せたいと入れてくれた。