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a village
【二次創作 その他小説】

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G-10

(それで、束のままだったのか)

 ──そして、ここからが本題なのだが……。

(随分と長い前置きね。何かしら……)

 先に目を通した雛子の眼が変わった。にこやかだったのが、真剣さを帯びている。

 ──同封した缶詰めだが、本年度より一部の小学校、中学校において試験採用している給食用食材であり、今後、全国の公立校において採用を検討しており、強いては統計を取る為にも地方校、特に分校のような学校の意見を必要としている。
 そこで、暫く間、給食時間に缶詰めを生徒達に与えてはくれないか。本来なら、公にして文部省主導で実施すべき事なのだろうが、さる理由からそれは出来ない。
 何とかお前自身が動いて学校を説得し、事を進めてくれ。

「新しい、学校給食か……」

 雛子はふと、自分の時を思い出した。不味かった脱脂粉乳の味を。

 敗戦直後、米国が先ず行ったのは、市民の生活環境を改善する事だった。あらゆる物質が不足している中でも、特に医薬品と食糧が足りず、米国は占領軍主導の下、直ちに食糧支援を実行した。
 食糧支援は、それまで弁当を持参していた小、中学校に“給食”という制度を生み出し、学校に通う子供達の栄養状態を改善していった。
 但し、当時の食糧支援には色々と問題もあった。米国が支援と称して日本に与えた物の中には、本国では到底人間が口にしない、言わば家畜の飼料に用いるような物もあり、とても食に適しているとは言えない物も多く見られた。
 そのひとつが脱脂粉乳で、牛乳からバター等の乳製品を作った後の残り滓を、乾燥粉末化した品なのだが、これを湯で溶いた物を給食に用いられていた。
 一見、牛乳のような脱脂粉乳には独特の臭気と味があり、とても飲める代物ではなかった。
 これは、米国からの輸送航路で赤道付近を通過する際に、言わば“蒸し焼き状態”にされる為に、独特の臭気を生む原因となっていた。
 但し、これら食糧支援には“緊急性”を伴っており、味がどうのと問える時代ではなかった事も事実である。

(あの頃、美味しくなかった事以外、記憶にないなあ……)

 それから十年の月日の間に、給食もずいぶんと様変わりした。数年前から脱脂粉乳は無くなって牛乳が用いられ、おかずやパンの品質も良くなった。
 だが、これは全ての学校ではなく、人口が密集した都心部だけであり、美和野分校のように、未だ給食すらない学校はまだまだ沢山存在していた。

 そして昭和三十年。日本の復興は著しく、国内の食糧生産も戦前並みに戻りつつある。
 そこで文部省は、更に給食の質を向上させようと試みる事にした。その試みが、兄を通じて雛子に巡って来た訳だ。

 しかし、当の雛子は、あまり乗り気になれない。

(どうせなら、小さな分校にも給食の導入を考えてくれれば良いのに……)

 教育の基本は“平等”のはずなのに、弱者である持たざる者には平等な教育さえ与えられない矛盾さ。
 確かに、省庁は大きな道筋を整える機関かも知れない。でも、子供達が学校にいる時間だけでも“平等”と思える制度を考えるのが先決ではないのか。

 ままならぬ想いは、小さな憤りを呼んだ。

「でも……兄さんだって、子供の事を考えているんだし」

 兄の言う通り、暫く間、缶詰めを子供達に食べてもらえば、平等と言う観点からも役に立つし、少なくとも兄の面子も立つはずだ。

(それに、別の使い道だってあるし)

 雛子は、自分の気持ちを封印する事にした。

(とにかく、明日にでも校長先生に相談しないと……)

 そうと決まれば、早く寝よう。そう思った雛子は、立ち上ってソケットに手を伸ばす。スイッチが捻られ、茶の間の明かりが消えて真っ暗になった。
 家内の静寂と共に、外から“普通の”蛙の鳴き声が耳に届いてきた。
 布団に潜り込んだ雛子は、気にする様子もなく、直ぐに寝息を立て出した。




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