G-5
「あ、ありがとうございました……」
頭を下げて礼を言う雛子の表情は暗い。
しかし、林田の言葉が、彼女の気持ちを和らげた。
「明日からは、元気な顔で子供逹と接して下さいね。子供逹、“つまんない”って言ってましたよ」
「えっ?」
「元気に笑ってない貴女が心配なんですよ!」
林田とて教師である。事にあたる前に、雛子が思った懸案は当然、考慮した。
しかし、彼は子供逹の心情を優先したのだ。
「じゃあ、こいつは貯水池にでも逃がしときますから!」
林田はそう言うと帰って行った。後ろ姿を見つめる雛子は、何とも言えない心地よさを感じた。
「茶化されたり励まされたり、不思議な人……」
その顔には、微笑みが浮かんでいた。
「みんな、おはよう!」
翌朝。校門で出迎える雛子から、子供逹に負けない程のはつらつとした声が響いていた。
林田と生徒逹のおかげで一度も目覚める事もなく、ぐっすりと眠れたからだ。
すっかり元気を取り戻した雛子は、この二日間を省みて至らなかった自分を戒める。
(子供逹に心配させるなんて、先生として失格よね……)
そして、「二度と同じ轍は踏むまい」と、心に言い利かせた。
「あっ!雛子先生おはようございます」
ちょうどそこに公子が登校してきた。元気に挨拶をすると、階段を駆け登って来る。
「おはよう!公子ちゃん」
「先生。牛蛙いなくなって、よく眠れた?」
「ど、どうしてそれを!?」
慌てている雛子の顔を見た公子は、表情を変えずに答える。
「林田先生、牛蛙に“あれが雛子先生の眠れない原因だ!”って言ったんだ」
聞かされた雛子の中に、林田への怒りがぶり返して来た。
(前言撤回!昨日、少しでも善い人だなんて思った自分が馬鹿だったわ)
雛子の表情が微妙に険しくなっても、公子のお喋りは止まない。
「がっかりしたよ、先生。先生なら“乙女心”が解ると思ったのに」
公子のませた発言を、雛子は苦笑いで誤魔化すしかなかった。
「ほれっ、公子。早う行かんか」
「じゃあ先生!教室でね」
校長の高坂に促され、公子は元気よく校舎へと駆けて行く。
通り過ぎる公子の後ろ姿を目で追う雛子に、更なる追い討ちが掛かった。
「雛子先生……」
傍らの高坂が告げた。
「さっきの話、実は私も知ってましたよ」
「ええっ!」
「昨日、林田先生が、授業変更するってお願いに来ましてなあ」
雛子は、自分の頬がみるみる上気するのが判った。
(これからは、絶対にあの男を信用してなるもんか!)
心に深く刻み込む雛子であった。