G-3
日が傾きだした夕刻前、子供逹が一斉に校舎から飛び出してきた。
学校を終えた美和野の子供は一目散に家路を目指す。これから“労働力”としての彼らを、家族が待っているからだ。
田植えが終わったからといって、百姓が暇な訳ではない。
田圃の雑草取りに畑の世話、飼ってる牛や鶏の餌やり等、仕事はいくらでもあるのだ。
それ以外にも水汲みや薪割り、風呂の支度や庭掃除、兄弟の面倒見と、家の用事も日々、こなさねばならない。
だから一刻も早く家に帰り、担い手として家族を支えるのが彼らの役割なのだ。
「気をつけて帰るのよッ」
生徒を送り出すのが雛子にとって最も厭な時間帯だ。
帰宅した子供逹が、学校とは違う顔で働いているのを容易に想像出来るから。
彼女にも覚えがあった。疎開先で出来たたくさんの級友達。だが、その三割近くは、まともに学校に通わせてもらっていなかった。
──百姓の子供に、読み書き以外が何の役に立つ?
週の半分は学校に現れない級友を不思議に思い、雛子はある日、とても仲の良かった恵子という女の子の家へと放課後出かけて行った。
「こんにちは〜、け〜い〜こちゃん!」
茅屋のある小さな屋敷が、恵子の家だった。
玄関口から雛子は呼んでみるが、中はしんと静まり返り、人の気配が無い。
「おっかしいなあ」
雛子が一人、困っていると、家の裏から牛の鳴き声が聞こえてきた。
(ひょっとして、裏にいるのかも……)
雛子は、裏に回ってみる事にした。
しかし、裏に向かう途中を粗末な柵が遮っていて先に進めなくしてある。雛子は仕方なく柵の隙間から裏を覗き見た。
母屋と屋根続きになった牛小屋があり、庭に鶏が放されている。
(それで柵が閉じてあるんだ)
暫く覗いていると、牛小屋から出てくる人影が見えた。
「あっ!恵子ちゃん」
雛子は思わず声を挙げた。野良姿の恵子は、牛の世話をしていたのだ。
「雛子ちゃん……」
手を振る雛子に対し、恵子の方は顔がひき攣っていた。
「な、何しに来たんだ!?」
「何って、ここんとこ学校に来ないから心配で……」
「見ての通り、家の仕事が忙しんだ!帰ってよ」
あの時は、恵子が何故、急に怒り出したのか解らなかったが、今は理解出来る。
彼女は、学校に通えない自分に惨めさを感じていた。だからこそ、その象徴である野良着姿を雛子に見られたくなかった。
あれから十年以上の時が流れて、ここ美和野村には、幸いにも学校に通えない生徒は皆無だが、それでも担い手としての子供である事に変わりはない。
(せめて、勉強する余裕が出来てくれれば……)
黄昏の中、雛子の心は、暗澹たる思いで沈んでいた。