第二章 大人のキス-1
彼は、あたり前のように私の手を握って歩き出す。気恥ずかしいのだが、悪い心地はしなかった。観覧車に乗り込む。地上が少しずつ離れていく。私は、彼が買ってくれたソフトクリームを舐めながら、嬉しそうに笑う彼を眺めていた。
「あなた。彼女とかいないの?」
口に出してハッとする。私は、どうしてそんな事を聞いてしまったのだろう。
「いませんよ・・・勉強をしたくて大学に入りましたし、他にも知りたいことが沢山あるんです・・・
あ。でも、今はとても楽しいです!」
大学で勉強したいなんて、今時、珍しい学生だった。確かに彼は普通の男の子とどこか違う。育ちが良いのだろう、素直で礼儀正しく、そして何に対しても前向きだった。私はそんな彼に個人的な興味を持ち始めていた。
「今日は、ありがとう。とても驚いたけど・・・ 今は、とても気分が良いわ・・・」
彼がとても嬉しそうに笑う。
「何かお礼をしないと・・・ 健太くん・・・ キス・・・しようか?」
それは衝動的なものだった。何故そんな気になったのかと問われても分からない。夫へのあてつけでも、彼に恋心を抱いた訳でもなかった。
彼が私に好意を抱いていることは分かっていた。そんな彼に甘えて、日常にはない何かを求めてしまったのかもしれない。
「えっ!・・・綾さん・・・本気にしますよ・・・」
「キスだけよ・・・それ以上はダメ・・・これはお礼よ。だから好きになってもダメ。・・・それで良ければ、観覧車を降りるまで、いいわよ」
彼に抱き締められる。彼の匂いに包まれる。彼の体が震えているのが分かる。可愛い。そう思うと堪らない気持ちが私を包んだ。
彼のキスが、目蓋に、頬に、顔中に降り注がれる。そんな彼の首元に腕を回し、私から唇を合わせていく、彼の体温が上昇していくのが分かる。観覧車は、まだ、最上部を少し過ぎたところだった。彼の唇を割り舌を滑り込ませると、彼が震える声で呟いた。
「綾さん。好きになりそうです・・・」
「ダメよ。それに、そんな話をしている間に観覧車は下についてしまうわ」
「じゃあ。観覧車を降りるまで。好きでいさせて下さい」
「その代り、降りたら忘れるのよ・・・」
すがりつくような瞳で見詰められ、胸がきゅんきゅんと締め付けられる。
彼に抱き上げられる。私は彼の膝に乗り、両脚を跨ぐようにして彼と向かいあった。
「キスだけよ! それだけは守って・・・いいわね?」
彼の頭を抱え込むようにしてネットリと舌を絡ませ、唾液をたっぷりと流し込んでいく。
「ん・・・んん・・・綾さん。凄い・・・こんなキス、初めてです・・・」
「大人のキスよ・・・楽しみなさい・・・」
「綾さん。本当は、ずっと好きでした・・・そんな、綾さんと・・・ああ、おかしくなりそうです・・・」
「もっと、してあげる・・・だから、しっかりと受け止めて・・・」
じゅ、じゅるる。じゅるるる。
彼を抱きしめ、彼の舌を音を立ててしゃぶる。彼が喘ぎ、下半身をうねらせる。私の体の数センチ先で、彼のものが硬く勃起し、私の体を求めて激しく悶えているのが分かる。彼が私の腰に腕を回し、引きつけようと力を込める。彼の気持ちが痛いほど分かる。
私は、彼に体を摺り寄せながらも、彼の下半身に体が触れないよう距離を微妙に調整していた。自分から誘いはしたものの、それ以上先へと進むのは危険だと分かっていた。そして、若い彼の体をこれ以上刺激し、お預けをするのはあまりに酷いと思った。
観覧車が降車位置に近づく。舐めあい続けた唇を離すと、一筋の唾液がなごり惜しむように伸びてプツリと切れた。観覧車を降りると彼が手を握ってきた。
「なんだかお腹が減りましたね。食事に誘っても良いですか?
あ!もちろん食事が終ったら、綾さんを帰します。約束ですから。」
観覧車を降りたところで終わりにするつもりだった。しかし、私の手を握り締めて強がりを言う彼を、愛おしいと思う私がいた。そして私は、危険な綱渡りの甘美な蜜をもう少し味わいたいと思っていた。
「お金もないんでしょう? 約束が守れるなら、家でごちそうするわよ? 主人は、出張で今晩はいないから私も一人で心細かったのよ。」
「約束なら守ります・・・キス以上は・・・しません・・・」
「・・・・・それで人妻が夫以外の男を部屋へ入れられると思う?」
「ご、ごめんなさい・・・」
「いいわ。信じてあげる。ついていらっしゃい。」
私は、彼にそれ以上の約束させることをしなかった。