誠実な男?-9
あたしが思いっきり笑ってやると、奴は少し悔しそうな顔をしていたけれど、それも束の間のこと。すぐにあのクククと押し殺すような笑いに変わっていた。
「あんたの言いそうなことなんて大体わかるのよ」
「あー、コイツに読まれるなんて、俺もまだまだ甘いな」
そう言って、あたし達はしばらく笑いあっていた。
そんな和やかな空気をつんざいたのは臼井陽介の携帯だった。
短くして途切れた着信音はメールだったらしく、彼はポケットから携帯を取り出した。
「……クルミちゃん?」
「ばか、ちげえよ。男友達だ」
その言葉に、なんでかあたしはホッと胸を撫で下ろした。
なんで、安心しちゃうの? コイツが女の子と連絡取り合ったって関係ないはずなのに……。
自分の気持ちがわからなくなって、あたしはボンヤリと奴がメールを返信している様子をジッと眺める。
手早く返信を済ませた彼は、再び携帯をポケットにしまい、煙草の火を消すとベンチから立ち上がった。
「俺、これから約束あるからそろそろ行くわ」
「あ、うん……わかった……」
自分でもびっくりな、テンションの低い声。まるで行かないで欲しいって言ってるみたいに。
……あたし、変だ。
「じゃあ、彼氏と頑張れよ」
片手を上げる彼は、いつも通りに白い歯をこちらに向けて笑うと、背中を見せて歩き出した。
遠くなる背中に、不意に言葉をかけてしまう。
「臼井くん!」
あたしの呼び掛けに、歩みを止めてこちらを振り返る彼。
「どうした?」
「あの……、今度お礼に学食でなんかおごるから!」
「別にいいよ、これで借りは返したつもりだから」
「借り……?」
ジャケットのポケットに手を突っ込んだままの彼は、アハハと笑いながら、こちらを見た。
「出席票。出してくれてたんだろ? お前の友達から聞いた」
「あ……」
「こっちこそ、サンキューな」
臼井陽介はそれだけ言って、今度こそ本当に背中を向けて歩いて行った。
そんな彼の背中を見つめながらしばらく動けなかったあたしは、やっぱり変だ、と小さな声で呟いた。