海-1
海棠家の夕餉。夕方だというのに外ではまだやかましく蝉が鳴いている。
「ねえ、今度の休みに海に行っていい?」マユミが両親に向かって言った。横でケンジは黙ってトマトに箸を伸ばした。
「誰と?」母親が聞き返した。
「ケニー。」
「ケニーくん?あんたら付き合ってんの?」
「別にそういう訳じゃないけど。」
「お父さん、どう思う?」母親は豆腐に醤油をかけていた父親に話を振った。
「付き合ってもいないオトコと二人で海。父親としては賛成しかねるが・・・。」
「じゃああたし、ケニーとつき合うことにする。それならいいんでしょ?」
「いや、そういうことじゃなくてだな、」
「大丈夫だよ、ケニーなら。」
父親は醤油差しを手に持ったまま言った。「つき合っていようといまいと、お前の身に何かあったらどうするんだ。お前に手を出さないという確証がない以上、うんとは言えんな。」父親は少し考えて、醤油差しをテーブルに戻しながら言った。「そうだ、ケンジ、お前もいっしょに行け。」
「そうね、それがいいわ。」母親も言った。
「お前がついていれば、ケニーも劣情の波に呑み込まれることはないだろう。」
「いや、ケニーはそんなやつじゃないから。」ケンジが言った。
「もしも、ってこともあるじゃない。ね、ケンジ、いっしょに行ってあげて。」
「えー、ケン兄もいっしょなのー。」マユミは残念そうに言った。
「ま、しかたないな。めんどくさいけど見張っといてやるか、マユを。」ケンジはコップの水を飲み干した。
「3人でいってらっしゃい、マユミ。ケンジお兄ちゃんが一緒なら安心だわ。」
夕食後、二人はケンジの部屋でチョコレートタイムを愉しんでいた。
「大成功。」マユミが嬉しそうに言った。
「まったくうちの親は単純だ。」
「悩んだ甲斐があったね。ケン兄と二人で海に行く、なんて言えないもんね。」
「確かに。高校生の兄妹が二人で海、というシチュエーションは、ちょっと理解しづらいだろうからな。」
チョコレートを口に入れたマユミは目を閉じて小さく深呼吸した。
「このチョコ、何だかすーっとする。」
「ミント入りなんだ。ケニーの父ちゃんの手作り。まだ試供品段階なんだと。」
「ケニーにもらったんだ。」
「そう。」ケンジもその爽やかな味と香りのチョコレートをつまんだ。「夏をイメージしたチョコなんだってさ。早ければ来週にでも製品化されるってケニー、言ってた。」
「確かに爽やかで、夏って感じがするね。」