fainal2/2-55
「何としても……」
バットの握りを余らせ、打席の位置をいっぱいにまで下げた。が、如何せん動体視力は、すぐに追従は出来ない。
「スイング!ストライクツーッ」
二球目を空振りし、あっという間に追い込まれた。
淳は打席を外して、素振りを繰り返す。わずか二球だが、頭に浮かぶ真っ直ぐの残像にタイミングを合わせる。
「ヨシッ!」
再び打席につくと、バットを目いっぱい短く握ってスタンスを広げた。ステップを小さくして振り出す時間を稼ぐ為だ。
ピッチャーは、力任せに右腕を振った。剛速球がド真ん中に投げ込まれる。
淳は渾身の力でバットを振った。インパクトの瞬間、今まで感じたことのないほどの衝撃が手首を襲った。
「オーライ!」
力ない打球が舞った。すでにセカンドが手を上げている。
淳はバットを叩きつけて悔しがる。完全に力負けだった。
これで二死二塁、一塁。そして次のバッターは川畑。ここまで、まったく良いところがない。
「同点どまりかねえ……」
青葉中の応援団に、半ば諦めムードが漂いだした。
その時、川畑が何やら慌ててベンチに戻っていく。
「すいません!澤田さんのバットを貸してもらえますかッ」
「佳代のって、何するんだ?」
「説明は後で、それより早く!」
川畑はバットを受け取ると、全速力で打席へと走っていった。
(あれ?わたしのバットじゃん)
佳代はニ塁から、自分のバットを振る川畑を不可解な顔で見つめていた。
「……すいません」
左打席に入った川畑は、息を整えようと深呼吸を繰り返す。キャッチャーにはそれが、緊張しているように採れた。
キャッチャーとしては、その方が有り難い。
──今、投げているピッチャーはあくまで急造で、真っ直ぐ以外の球種を持ち合わせていないし、肩のスタミナもない。いわば急場凌ぎだ。
多分、次の回までしか持たない。そうなると、本当に打つ手が無くなってしまう。
楽勝のつもりが、いつの間にか自分達が追い込まれている。何とかこのピンチを乗りきって、早めに決着つけねば。
キャッチャーは、自分が焦っていることに気づいていなかった。
(タイミングだ。タイミングで打つんだ)
川畑は、バットをいっぱいに握った。短く握れば速い球に対応出来るが、打球は弱くなる。グリップエンドに手をかけていないと、ボールに強い力を伝えきれないからだ。
だからこそ、チームで一番軽い佳代のバットを拝借したのだ。
初球が投げ込まれた。川畑はネクストで見ていた以上の勢いを感じていた。
(でも、対応出来ない球じゃない)
川畑は、バッティングセンターで体験する百五十キロの速球を思い出した。彼は秘かに、そこで練習していたのだ。
さっきより、バットをやや寝かせて構える仕種に、キャッチャーは“無駄なことを”とほくそ笑む。
ピッチャーが投球動作に入った。外野手の送球そのままに、左足を一気に前へと伸ばす。
川畑は、タイミングを合わせて右足をステップすると同時に、バットを後ろに引いた。
左足が窪みを掴み、大きなテイクバックと共にピッチャーが右腕を振り抜く。しなりをほとんど感じさせない投球から、逆回転の効いた剛速球が放たれた。