fainal2/2-4
「フンッ!」
省吾が左腕を振り抜いた。親指、人差し指、中指が、ボールを押し潰すようにリリースする。
強い逆回転の掛かったボールが、バッターの腹を抉るように迫って来る。バッターは爪先立ち、腰を引いて避けた。
二球目は真ん中から外へ逃げるスライダー。三球目は外角低めの真っ直ぐ。ここまでは全て裏をかかたのか、バッターはバットを振る機会を逸していた。
(ここまでは予定通りだな)
騙し合い──キャッチャーはバッター心理を解んで、裏をかこうとする。バッターはキャッチャーに狙いを覚らせまいと罠を張って待ち構える。
達也が四球目に高めの真っ直ぐを投げさせると、バッターは反応しながら寸前でボールを見極めた。
これでカウントは二ボール、二ストライク。次こそは勝負球だ。
(これで行こう)
達也がサインを出した。省吾は、意外という顔をしながらも小さく頷いた。
大きく深呼吸をした後、ゆっくりと右足を上げて上体を捩っていく。軸足である左足に体重を乗せてから、右足を前方へと振り出すと、窪みを踏みつけて、全身の力を左肩に集約して一気に腕を振った。
ムチのごとき腕の振りに反して、投げたボールはふわりと浮き上がった。
「……!」
バッターは戸惑う。頭の中にカーブの想定がなかったのだ。
上体が大きく前に流れようとするのを、バッターは必死に踏ん張ってバットを操り、かろうじてボールに当てた。
力ないゴロが右に転がった。森尾は難なくゴロを捌き、一ノ瀬のミットへと送球した。
「アウト!」
ようやく三つ目のアウトを奪った時、永井の口から安堵の息が漏れた。
長い々一回表が終わった。失点はしたが、それでも最小限にとどめる事が出来た。
それに、二安打を喰らった割には投球数は九球と、信じられないほど少ない。
そして何より、おかしくなり掛けたチームがまた、元通りのひとつになった。
「さあ!今度はこっちの番だぞ」
永井はそう言うと手を叩いて選手達を鼓舞する。選手逹も、応えるように声を挙げた。
バックネット裏の放送室。
「ふ〜……」
榊は、前のめりだった身体を椅子の背もたれに預けた。
現東海中野球部監督というより、前青葉中野球部監督として見ているのだろう、つい、力が入ってしまう。
ひとつのプレイで一喜一憂する歳でもあるまいと自嘲気味になるが、これも性分だと諦めるしかない。
榊は隣に目をやった。一哉はさっきから姿勢も崩さず、静観の構えだ。
榊の中に疑問が涌いた。自分以上に関わりがあるはずなのに、何故、こいつは冷然としていられるのかと。
「立ち上がりのピンチを、何とか凌げたようだな」
榊は、一哉の本心を知りたくなった。
「少し、緊張していたのでしょう。このまま序盤を切り抜けれれば勝機はありますよ」
冷静な洞察力に榊は相槌を打つ。
「早い回で点を奪い返せれば、稲森の気持ちも乗って行くるんだろうが」
「難しいでしょうが、可能だと思います」
「君のことだから、当然、レクチャーはしたんだろう?」
「ええ。ただ、一回練習で打ったぐらいでは厳しいでしょう」
話をしている内に、一番バッターの乾が打席に向かうのが目に入った。