fainal2/2-34
(大丈夫。ぜったい大丈夫……)
ずっと痛みもない、順調そのものだ──なのに拭い切れない不安が心を沈ませる。
軽いキャッチボールから始まった。徐々に徐々に力を込めると、合わせて、ボールのスピードも増していく。
歩幅を少しづつ伸ばす。全身を使って生まれた力は集約され、肩から腕、そして指先へと伝わり、腕を振るスピードを上げていった。
ここまでは順調だ。ここまでは……。
下加茂は一球受ける毎に、満足気な顔で何度も頷いている。
「いいですねッ、回転も前と変わりないし……」
「そうかな……」
「じゃあ、そろそろ行きましょうか!」
下加茂は、その場にしゃがみ込んだ。いよいよ、本当の意味で左肩と向き合う時が来た。
「そ、それは、もうちょっと後でも……」
「澤田さん!」
しかし、時を迎えても佳代はふっ切れない。そんな姿に業を煮やした下加茂は一喝する。
「澤田さん。今のままじゃ、試合に出れないですよ」
「解かってる……頭じゃ解ってるんだけど」
下加茂の目には、恐々とした様相の女の子が映っていた。初めて見る姿だった。
(怯えてるんだ……)
覚悟を決めて此処に来たつもりだった。しかし、いざ、その時を迎えると、心が戦いて仕方がない。
もし、通用しなかったら。
もし、自分のせいで負けたら。
そしてもし、二度と野球が出来なくなったらと──
しかし、下加茂は認めない──気持ちは解ったが、汲むわけにはいかない。
「俺ね。澤田さんのこと大好きなんですよ」
唐突な告白を耳にし、佳代は俯いた顔を上げた。
「あんた、何を……」
「去年の地区大会。あのエラーで負けて……でも、戻ってきてくれた。俺も嘆願書に署名したんですよ。
女子でも、俺らに混じって対等に練習してる姿を見て、ずっと憧れてました」
「下加茂……」
「だから、逃げるとこ見せないで下さいよッ」
心底から出た叫びは、佳代の心に突き刺さる。
「ごめん……変なこと言って」
佳代は唇を噛んだ。左足を、そっとプレートに乗せて下加茂の方を見ると、白い歯を見せた。
「最初は、半分ぐらいから行くよ!」
「わかってますよ!」
右足が大きく踏み出す。今までにない速さで、左腕を振り抜いた。
全力と比べれば、大したスピードでない。キレも不充分な真っ直ぐなのに、二人の表情は弾んでいる。
怪我をして以来のピッチング──ようやく、一歩前に進みだせたのだ。