fainal2/2-32
(先ずは、見極めだな)
川畑が、自分のタイミングでバットを構えようとした時、
「プレイッ!」
主審が、間を置かずに試合開始を告げた。
するとピッチャーは、サイン交換の間もおかず、いきなり投げてきたのだ。
「えっ!あッ」
人は予期せぬ出来事に遇うとパニックに陥り易い。
まるで脳から身体への指令が途中で寸断されたかのように、川畑は身動きひとつする事なく、投じられたボールを見送ってしまった。
(こんな手を使うなんて……)
主審にも様々な人がいる。試合進行を急ぐ者、時間をかける者。それは審判の“癖”となって顕れる。逆に沖浜中バッテリーは、その癖を利用したのだ。
遺恨に思える初球に、川畑は打席を外した。
(落ち着け、落ち着け……)
自分の役割を再び確かめ、冷静さを取り戻して再び打席についた。
同じ轍は踏まない──川畑が早めに構えると、今度は虚を突くことなく、サイン交換の間を取る。
ピッチャーは頷き、セットポジションから投球動作に入った。
その動きは前のピッチャーと異なり、躍動感に溢れている。まるで、叩き込むほどの勢いで上げた左足のつま先は、頭の高さまで達した。
勢いは右足の踵も浮かせてつま先立ち、そこから一気に身体を低く沈み込ませ、前方へと体重移動していく。
高から低へ一気に移動する──位置エネルギーを最大限に利用した投球フォーム。
(来る……)
川畑は右足をつま先立てて身体に引き寄せる。体重のほとんどを左足にかけて、ステップの準備に入った。
ピッチャーの左足が前に伸びてくる。川畑は右足をステップさせてタイミングを合わせた。つもりだった。
「なっ!」
ピッチャーの左足は、川畑の予想を遥かに超えて前に伸びてきた。
ステップするタイミングに狂いが生じた。ピッチャーの上体は右に回転し、右腕が遅れてついてくる。
(どんな球だ)
まさにリリースする瞬間だと思った時、それは起こった。
ピッチャーの上体は更に前屈みになり、信じ難い低さからボールを放ったのだ。
ボールは、真ん中に構えるキャッチャーのミットを鳴らした。
(な、なんだ!?)
川畑は先ほどとは別の意味で身動き出来なかった。ボールは地を這うような低さから、浮き上がってきたのだ。
物理学を無視したような軌道をたどる球。川畑が、そんな球を打つ術を備えてるはずもない。
「どんな球筋だ?」
敢えなく三振に終わった川畑に、打席に向かう一ノ瀬が訊ねたが、彼には「浮き上がる」以外の形容が思いつかなかった。
ベンチに戻るとすでに、達也や淳、省吾に佳代も加わって、今の投球に対しての議論が始まっていた。