fainal2/2-13
初球、ピッチャーは高めに大きく外した。加賀は見送ると、再びベンチを振り返る。
再び永井から送られるブロックサイン。見つめる加賀の表情は、相変わらず翳りが窺える。
何か仕掛けて来るのは間違いない──キャッチャーは、そう確信した。
ニ球目、三球目を加賀は見送った。カウントはニボール、一ストライク。次を外すと四球の危険が伴ってくる。
キャッチャーは仕方なく勝負にいこうと思い直し、加賀に目をやった。
四回目の指示をベンチに確認した加賀が、打席に入ろうとしたその時、無意識の中で右手がバットの芯に触れたのを、キャッチャーは見逃さなかった。
早速、内野にサインを送り“相手の策”を周知した。状況を呑み込んだピッチャーが、セットポジションの体勢をとる。
ピッチャーが三塁ランナーに鋭い視線を送った。達也は塁から数歩ほど離れた位置で、生還のチャンスを窺う。
ピッチャーが左足を蹴り、投球動作に入った次の瞬間、
「ゴウッ!」
和田の声が突進を指示した。一拍遅れて、達也のスパイクが地面を蹴った。深く前傾した身体が一気にホームへと飛び出すと、加賀はバットを身体の前で構えた。
スクイズ!──
この展開で、永井は一点を選んだ。確実な一点を。
ところが、
ピッチャーが投じた球はバットの届く範囲を遥かに外れ、キャッチャーミットに収まった。
達也のスパイクが地面に深く食い込む。土煙が、策の失敗を告げていた。
「くそォ!」
必死に生きようともがくが、策を解んだキャッチャーに止めを刺されてしまった。
「うそォ!」
憤死を目の当たりにしてスタンドはどよめいた。無死ニ塁という好機を取り逃がし、最悪の事態を招いた口惜しさを嘆かずにおれない。
わずかな綻びから企みが露呈してしまった。が、逆に見れば、それを見逃さないキャッチャーのファインプレイである。
ここを三人で閉めれば、流れは沖浜中へ傾く。ところが、そうはならなかった。
今のプレイで、ピッチャーに油断が生まれたわけではないのだろうが、加賀を四球で歩かせると、七番の一ノ瀬に死球を与えて再びピンチを招いてしまったのだ。
再び盛り上がる青葉中ベンチと応援団。歓声の中、八番の秋川が右打席に立った。
結果を望んでいるのは加賀ばかりと違う。むしろ、秋川の方が想いは強いかも知れない。
そんな想いが、彼を連日の自主練に駈り立てていた。
「ヨシッ来い!」
下位打線、初球は絶対に真っ直ぐだ──秋川は念じるように一球に賭けた。
キャッチャーがサインを送った。するとピッチャーは、初めて首を横に振った。
同じサインを試みるが、受け入れない。下位ごときにという負けん気が見える。
キャッチャーが仕方なく真っ直ぐにサインを変えると、ピッチャーはようやく納得の頷きを見せた。
ピッチャーは、ランナーを牽制しつつ初球を投じた。外への真っ直ぐ。秋川のバットは迷わず打ちにいった。
──キンッ!
打球が右に飛んだ。ファーストが飛びつくが、左を抜けていく。必死に回り込もうとするセカンドも、わずかに及ばない。