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翌朝、目覚まし時計のけたたましい音に目を覚ます。いつも通り、目覚まし時計を叩くように止めて、それから隣に眠る康平に声を掛けた。彼は目覚ましでは起きないのに、私の声には反応して起きるのだ。
「康平、時間だよ」
声を掛けるが、彼は起きない。顔色が、悪い。
「康平?」
身体を揺すってみると、揺すられた分だけ身体を揺らす。手の甲で触れてみた首元は、氷の様にひんやりしていた。
「康平!」
意識せずともとんでもない声が出た。何度も何度も叫んだ。彼の首元が冷えている、それが「死」を意味している事は受け入れられるのだが、叫ばずにいられなかった。叫べばこっちに戻ってくるのではないかと思った。
「康平!」
何度も叫ぶうちに、子供達が気付いて寝室に入ってきた。
「お、とう、さん?」
良平が言葉を零し、私は涙で濡れた顔で振り向くと、良平はすぐに康平の元にしゃがんだ。後から来たれいなは「おとうさん?!」と素っ頓狂な声を上げて走り寄ってきた。
「お父さん、何で今日なの? 今日誕生日でしょ? 何で今日死んじゃうの?」
私は娘の顔を見た。涙は次から次へと溢れ出てきて、康平が眠るベッドのシーツに吸い込まれて行く。良平は何も言わず、涙を堪えて震えている。
いつか死ぬと分かっていた。いつ死んでもおかしくなかった。それでも人の死は、悲しいのだ。れいなと良平は、身をもって体験した。
「お母さん、今日お父さんの誕生日でしょ、どうして今日なの? 明日でもいいじゃん。何で今日なの?」
だだをこねる幼子のように私の袖を引っ張る娘を、どう慰めたらいいのか、私には分からなかった。
私もあと三年したら、いつ死ぬか分からない身になるのだ。その時、彼らを再び襲うのは、悲しみと孤独だ。
私は自分の涙をパジャマの袖で拭うと、今度は娘の涙を拭い、良平の頭を撫でた。
「これからお父さんは救急車で病院に行って、お母さんも付き添うけど、夜にはお父さんの誕生日、やろう。ケーキ買ってくるから」
二人は示しを合わせたようにこくりと頷き、れいなは走って電話の子機を持って来てくれた。私は救急車を呼び、トルチルである事を伝えた。サイレンは鳴らさないできてくれ、と。
電話をしている間、娘も息子も、ずっと父親の腕を握って離さなかった。そこだけはきっと、生きている人間の体温が宿っただろう。私も電話を切ると、反対側の腕を握った。生きていた時の体温を少しでも長く、彼の身体に留まらせるために、ずっと握っていた。
ふたりとも覚えてたよ、康平の誕生日を。50歳のお誕生日、おめでとう。