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トルムチルドレン
【SF その他小説】

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 壁に貼ってあるメモに目をやる。
 棺に入れて欲しい物:結婚指輪、野球のボール、懐中電灯
 燃えない物は無理なんじゃないかと言ったら「トルチルの特例で認められてるんだとさ」と康平は笑みを浮かべたのだった。
 懐中電灯は、三年後に追いかけて行く私を、暗闇の中でも探し出せるように、だそうだ。
 徐々に身辺整理を始めている。いつ逝っても良いように、いらない物は捨てている。パソコンの中身もそうだ、いらないファイルを捨てている。病気で予後を告知されている患者に、よく似ている。もうそろそろ死ぬから、と言って少しずつ準備をする。家族は、いつ逝ってもおかしくない、と心の準備ができる。トルチルも悪い事ばかりではないのだ。
「五十の誕生日まで、もつといいけど」
 私がそう言うと、康平も「そうだな、あと二日か」としんみりしながら壁に貼られたカレンダーを見遣った。
 あと二日。その二日間でも彼が突然逝ってしまう可能性は大いにあり得るのだ。
 ばたん、とドアがしまる音がして、リビングに娘のれいなが入ってきた。
「お母さん、洗濯物はあの人と別にしてって言ってるじゃん。何で同じカゴに入ってんの」
 私は苦笑しながら「ごめんごめん、あとで分けとくから」と諌めると、肩を怒らせて部屋に戻って行った。あの人、とは随分な言い草だ。康平の方を見ると、康平も私を見て、苦笑している。
「しょうがないよ、この頃の娘はみんなこんな感じなんだろ。ママもそうだったんだろ」
 私はおぼろげな視線をどことなくほっつかせて「さーてどうだったかな」と誤摩化した。
 弟の良平は宿題を終えたからか、リビングに入ってきてゲーム機を出し始めた。
「宿題は?」
「終わった」
 こちらはもともと無口なタイプで、反抗期と呼べる物なのか分からない。娘と比べると、喋らない分、何を考えているのかが分かりにくい。学校の成績は飛び抜けて良いのだが、友達という友達もいないようだし、色々と心配は尽きない。父親がいつ逝くかも分からない事については、どう思っているのだろうか。勿論、母親も三年後、そういう時が来るのだが。
 私と康平は三歳違いだ。トルチルコミュニティで出会い結婚し、子供を二人もうけた。子供をトルチルにはしなかった。何故二人産んだのかと言うと、私も康平もいなくなってしまった時に、一人にならないようにするためだった。姉弟二人なら、何とかやって行けるだろう、と考えての事。れいなと良平ではうまくかみ合うのかどうか不安だが、三年後には否が応でも二人になってしまう訳で。一応、康平の両親に、二人の事をみてやってくれとは頼んである。子供だけの二人暮らしは、トルムの制度ができてからそんなに珍しい光景ではなくなったにしろ、やはり親としては不安なのだ。

「明日で五十歳だな、俺」
 ベッドに横になり、康平は私の手を握った。暖かく大きな手は、出会った頃と何ら遜色がない。
「無事に迎えられそうだね。明日はケーキ買って来なくっちゃ」
「でもあいつら、食うかな」
 私は首を傾げ、それから彼の方に視線をうつし「どうかな」といい、少し笑った。
「食べなくても、誕生日は大切な区切りだから。ちゃんとやろうよ。今までもやってきたんだし」
 康平は握る手に力を込めて「そうだな」と言う。
 隣の部屋からにぎやかな音楽が漏れ聞こえてくる。れいなの部屋だ。最近気に入っているパンクバンドがあるらしく、夜でも気にせず音量をあげている。下げろ、と注意する声さえ耳に届かない状況だ。
「今日もまた随分とにぎやかだね、れいな」
 私が言うと康平は「あいつなりの何らかの主張だな」と分かったような口をきく。
「ただ好きなだけで聴いてるんだよ、あれは」
「にしても、うるさいな」
 苦笑し、「でも、いつも通りの平穏な日々が過ぎて行くっていうのは、何か幸せだよな」と漏らした。
「何、いきなり」
 彼の方に顔を向けると、彼はまっすぐ天井を向いていた。
「二人の子供が自分の血を引き継いでてさ、健康に毎日を送っていて、すくすく育っててさ、俺達に反抗する力も備わってさ。俺はいつ死んでも良い。本当に幸せだよ」
 思わず目尻にたまってしまった涙を彼に悟られないように、空いている方の手でさっと拭った。
「何言ってんの、明日誕生日やるんでしょ」
「あいつら、俺の誕生日なんて覚えてる筈ないだろ。『あの人』扱いだからな」
 カラカラと笑い、それから目を閉じた。すぐに規則的な寝息が聞こえ、それがいびきに変わるまでにそう時間はかからなかった。れいなの音漏れもうるさいけれど、康平のいびきの方が強力だ。
 それも「平穏な日々」の象徴であり、私は口元に笑みを浮かべながら眠りに入った。



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