南風之宮にて 終-4
「アハト!」
ハヅルは、アハトが呼ばれるまま近付いてくるのを待たずに自ら駆け寄り、彼の顔に手をのばした。
「ハヅル?」
細い指先に触れられて、アハトはくすぐったそうに頬を攣らせた。
「アハト、怪我はないか?」
「ああ」
「本当に?」
彼女はじろじろと彼の全身に視線を走らせながら、上目づかいに念を押した。
「……どうした?」
「魔族が出ただろ? 結局、残った方が危険だったんじゃないかと……」
「そうでもない。結界に入ってきた中に、それほど手ごわい相手はいなかった。お前が削ってくれたおかげだな」
ハヅルはようやく安堵の息をついた。
先だっての報告では、王子と王女の無事は知らされても、表向きは王子の側付きの一人でしかないアハトについては何もわからなかったのだ。
彼に限ってめったなことはないと信じてはいたが、今回は予測不能の要素がありすぎた。
ほっと表情を和らげた彼女にアハトが言った。
「エイに聞いた。お前も、無茶をしたな」
「私は平気だ。……エイが、守ってくれたし」
エイの名を口にしたとき、ハヅルは無意識にアハトから目をそらしていた。
アハトは気付いたが、心に留めたのみで何も言わなかった。
「そうか」
アハトは、ぽん、と彼女の頭を軽く叩いた。
「感謝しないとな。お前に何かあったら、サケイ殿に殺されるところだった」
祖父の名を出され、ハヅルは笑った。
次期頭領であるアハトの身の安全ばかり考えていたが、彼女の祖父はただ一人の身内である孫娘のことを、孫娘本人にも呆れられるほど溺愛している。
アハトの言うとおり、彼女に何かあれば平静を失ったに違いない。
「言われてみるとそうだな……厄介なお祖父様だ」
そうだな、とアハトも小さく笑った。