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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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南風之宮にて 5-3


 斜面に突き出た木の枝と岩を足場に蹴りつけて、彼は落下と変わらぬ最短で本殿の屋根に降り立った。

 魔族が再び襲いかかろうと体勢を立て直しつつあった。親衛隊も矢を射かけ、槍を突き付けて牽制を試みている。
 アハトは宮の屋上に掲げられていた旗を引き抜くと、背丈の倍以上ある鉄の旗竿を抱えたまま屋根を蹴って跳んだ。
 魔族の巨体の背に飛び移りざま、その甲殻に旗竿を突き立てる。さほど鋭くはなくとも、先端の尖った重い鉄棒は硬い甲殻を貫いた。
 濃緑色の体液が甲殻の割れ目から噴き出す。
 魔族は苦痛の叫びをあげながら体を激しく跳ね上げた。
 アハトは人間に有害な体液を浴びて顔をしかめたものの、揺れ自体はさして意に介さず、旗竿をつかんだまま背にとりついていた。
 その体勢のまま力をこめて、ぐいと旗竿を押し込む。バキバキと甲殻に入った罅が広がり、その下の軟らかな臓腑の潰れる感触が彼の手に伝わった。
 魔族はさらに激しく暴れた。伏せた体を縦に起こして立ち上がり、そのまま芋虫のような腹を上にして倒れ込もうとする。背中の異物を押し潰そうというのだ。
 アハトは冷静に、甲殻を蹴って跳び退った。
 怪物は地響きを立てて仰向けに倒れた。
 自らの重量で、背に刺さっていた旗竿が深く食い込み、腹までも突き破る。
 巨体が地に縫いとめられてじたばたとうごめきながら、無数の触腕がアハトに掴みかかろうと伸ばされた。
 彼はベルトに提げた刀剣を抜いて、自分に捲き付こうとする淡紅色の触腕を、数本まとめて斬り払った。
 どくどくと体液を垂れ流して追いかけてくる触腕を斬り捨てながら本殿脇まで走る。
 建物に立てかけてストックされていた槍を、両腕いっぱいに数本抱え込んだと思うと、彼はそれらを一度に宙高く投げ上げた。
 槍は空中でばらけ、重い先端を下に落下を始める。
 アハトは助走をつけて地を蹴り、その高さまで跳躍した。
 追いすがってくる触腕を振り払いながら、彼は体を捻り、空中の全ての槍の石突に、両の拳と足先とを続けざまに思い切り叩きつけた。
 方向と加速力とを与えられた槍は、回転しながら怪物の腹を深く貫いた。
 針山のように何本もの槍を全身に突き立てられた巨体は、一つ大きく跳ねあがり……ようやく、あがくのをやめた。
 着地したアハトを追ってきた触腕も力を失い、しなしなと地に落ちる。

 息をつく暇もなかった。
 怪物が踏み荒らして炎を消した跡をたどって、人の軍が態勢を立て直しつつあったのだ。
 親衛隊と宮の衛士らも、穴を開けられた木柵を囲んで守りを再開する。

 アハトは親衛隊長に近付き、

「俺が出た後も射続けろ」

 そう一言告げて、自ら木柵を乗り越えて防衛線の外へ出た。親衛隊の誰かの慌てて呼び止める声を聞かずに走り去る。
 彼は人間の敵兵に見向きもせず、別の方向から迫りつつあった魔族に向かった。
 柵をこれ以上破壊されては面倒なことになる。

 斉射が始まった。
 アハトは低い姿勢で、やすやすと矢をかわしながら、刀剣を逆手に構えた。

 まっすぐに本殿を目指して炎を抜けてきた一体の魔族が、近付いてくるアハトに気付いて向きを変えた。


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