約束-1
寝室でベッドに腰掛けたマユミは、コーヒー片手に窓際の椅子に座って本を読んでいるケネスに声を掛けた。「ねえ、ケニー。」
「なんや?ハニー。」ケネスは顔を上げた。
「真雪のこと、」
ケネスはカップをサイドテーブルに置き、本を閉じて身体をマユミに向けた。「何があったんや?いったい・・・。」
「あたしの勘だと、あの子、龍くん以外の人に抱かれたっぽい。」
「なに?ほんまか?」ケネスは驚いて大声を出した。手に持っていた本が床に落ちた。
「詳しくは本人から聞いてみないとわからないんだけどね。」
「誰や!そいつは!龍の大切な真雪に手え出しよって!」ケネスは立ち上がって拳を握りしめた。
「合意の上・・・・だったみたい。」マユミは目を伏せた。
「な、なんやて?」ケネスは力なく座り込んだ。
彼はしばらくの間うつむいたまま唇を噛みしめていた。
「実習の時、なんやな?」ケネスは静かに言った。
「たぶんね。」
「龍・・・・、あいつどんな気持ちなんやろ・・・。」
マユミは顔を上げてケネスを見た。「でも、きっと大丈夫。龍くんとは元通りみたいだよ。もしかしたらむしろ前以上かも。」
「龍のヤツ、赦してくれたんか?真雪を。」
「うん。たぶん。」
「そうか・・・・。大人やな、あいつ・・・。」
「いろいろあって、二人の絆は深まっていくんでしょうけどね。かなり辛かったみたいだよ、真雪も龍くんも。」
「そうやったんか・・・。」ケネスは落ちた本を取り上げてサイドテーブルに置き、マユミの隣に来て座った。「わいにできること、何かあるか?ハニー。」ケネスはマユミの手に自分の手を重ねた。
「あの子は、きっとあたしに打ち明けると思うんだ、すぐに。」マユミは重ねられたケネスの手を見つめた。「大丈夫。ケニー、あの子たちなら。」そして微笑んだ。
「そうやな。」ケネスはマユミの手を持ち上げ、その甲にそっとキスをした。そして独り言のようにつぶやいた。「信じたらなあかんな・・・。大丈夫や、きっと。龍はケンジの子やからな・・・。」
ケネスは少しの沈黙の後、握ったマユミの手を放して静かに口を開いた。
「マーユ、今になってこんなこと言うのも、なんや変なんやけど・・・。」
「どうしたの?」
「わいな、ケンジから以前、言われたことがあんねん。」
「何て?」
「ケンジが健太郎の父親や、っちゅうことで、あいつ、わいに罪悪感を抱いとる、っちゅうて。」
「そうなの?でも、罪悪感ならケン兄じゃなくてあたしが持つべきだよ。あたしがケン兄に黙ってあの子をこの身体に宿したわけだし。」
「いや、マーユもそないな後ろめたさ、感じることはあれへん。ケンジとマーユの繋がりっちゅうか、絆は誰にも断ち切ることはできへん。前にもそう言うたことがある。ケンジにな。それに健太郎かて、その二人の真剣で深い愛情によって生まれてきたんや。決して軽はずみで衝動的なセックスでできた子やない。そやからマーユもケンジも、何も気にすることはあれへん。堂々としてたらええんや。それより、」
ケネスはマユミの目を見た。いつになく真剣なそのまなざしに、マユミは思わず居住まいを正した。
「わい、マーユとケンジがまだつき合うてる頃から、マーユのことが好きやった。めっちゃ好きやった。」
「うん・・・知ってる。」
「そやけど、マーユとケンジが想い合うてることも、もちろん受け入れなあかんかった。二人の親友として、二人を温かく見守っとった。」
「そうだったね、ケニー。感謝してる。でも、あたしたち、無神経だったのかも・・・・。あなたに対して。」