約束-5
「だから紙一重だって。きっとその時、あたしと真雪は同じ心理状態だったんだと思うよ。単に相手が違ってただけ。」
「紙一重・・・か。」春菜がつぶやいた。
「その巡査長はね、自分はお酒も飲まなかったし、車で来てたのに、あたしを寮まで送らずに、タクシー呼んで乗せてくれたんだよ。変な噂がたったらあたしが困るだろうからって。」
「すごい、紳士。」
「だよねー。もうそれだけでくらくらしそうでしょ?」夏輝は笑った。「それでね、タクシーを待ってる時、『彼の手を放しちゃだめだよ。』って言われたの。あたし修平と付き合ってること、一言も言ってないのにだよ。なのにわかっちゃうんだ。すごいよね。」
「そういう人が本物の紳士なんだろうね。」真雪が独り言のようにぽつりと言った。
「それで、その彼の一言が、あたしを立ち直らせるきっかけになったんだ。」
「良かった・・・ほんとに良かったよ、夏輝。」真雪は思わず夏輝の手を取った。
「あたし、たぶんあの時、巡査長に『あたしを抱いて』っていうオーラを出してた。誰かに抱かれて、甘えて癒されたいって思ってたんだ、きっと。その時はあたし、心の中で修平の手を放してたんだと思うよ。」
「あたしもそうだった・・・。その通りだよ、夏輝。」真雪は顔を上げて言った。
「その後、やっと修平に会えた晩、あたしも泣いちゃったもん。もう涙が止まらなくてさ。」
「しゅうちゃん、受け止めてくれたんだね。」
「初めはすっごく戸惑ってたよ。あたしがあいつの前で泣くことなんかそれまで一度もなかったからね。」
「そうなんだ・・・。」
「でも、あいつ、何も聞かずにあたしを抱いてくれた。それまでで一番優しく抱いてくれたよ。」
「さすが天道君だね。」春菜が微笑んだ。
「だからさ、逆に良かった、って思いなよ、真雪。」夏輝が真雪に顔を向けて言った。
「え?」
「もう、こりごりでしょ?あんなこと。あんな思いするの。」
「うん。こりごりだよ。もう絶対あんな風にはならないって誓える。」
「そうでしょ?傷は大きかったけど、手当をしてくれる龍くんの手も大きかった。」
「その手をまた握り直せた、ってことだよね。以前よりも強く。」春菜がまた微笑んだ。
「ありがとう。春菜、夏輝。あたし、この傷跡がある以上、龍があたしを大切にしてくれる以上に彼を大事にしなきゃいけない、って思う。」
「龍くんだって負けていないよ、きっと。あんたを大事にすることについてはね。」夏輝がウィンクをして言った。「そうそう、その巡査長はね、今もあたしの実習指導員なんだけど、来月結婚するんだって。」
「独身だったんだー。輪をかけてすごい。」
「奥さん幸せになりそうだね。」
「だよねー。」
「もう一つ、あたしの話、聞いてもらっていい?」真雪が切り出した。
「今度は笑ってるから、何か嬉しいことなんだ。」春菜も笑いながら言った。
「あのね、あたし、近々龍にプロポーズする気でいるんだ。」
「ええっ?!」
「プロポーズ?!」
「びっくりした?」
「そりゃそうだ!いくら愛し合ってると言っても、龍くんはまだ16になったばかりでしょ?結婚なんてできないじゃん。」
「だから、約束するだけだよ。」
「どうして、また・・・・。」
「あたしって、きっと弱い女だと思うんだ。今回それを思い知った。だから、龍の手を放さないようにするためにモチベーションを高めたくて。」
「なに、その理由。」
「考えられる龍の反応その1『まだ早いよ。もう少し待ってくれよ。』。その2『嬉しい。わかった、約束するよ。』。その3、何も言わずに逃げる。どれだと思う?」
「龍くんは絶対うんって言うに決まってるよ。」春菜が言った。
「きっとそうだね。」夏輝も言った。「長い婚約期間になりそうだね。がんばってね、真雪。」
「うん。」
「応援してるから。」
「何かあったら相談して。」
「わかった。そうする。」
「時々、あたしたちの悩みも聞いてね。」
「もちろんだよ。」