約束-2
「わいな、あんさんらは兄妹やから、いずれ別れなあかんようになるはずや、って心の奥で期待しとったような気がするんや。」
「・・・・・。」
「結婚できへんのやったら、別れるしかあれへん。そしたらその時、わいが、マーユをケンジから奪い取ったる、っちゅう、めっちゃやなこと考えとったような気がすんねん。」ケネスはうつむいた。「わい、ケンジの親友でありながら、そんな悪魔みたいなこと、考えとったような気がすんねん。」
「あなたが、」マユミがもう一度ケネスの手を取った。「そうだったこと、あたし、気づいてたような気がする。」
「え?」ケネスは顔を上げてマユミを見た。
「でも、それを言うなら、都合良く自分勝手に考えてたのはあたしの方。ケン兄もケニーも大好きで、どちらかを選ぶことができない。でもケン兄と結婚できないのなら、ケニーがいるから大丈夫、そんな風に安直に考えてた。ケン兄にもケニーにも、とっても申し訳ないこと、したって、今でも思う・・・。」
「そんなことあれへん。マーユは自分に正直に行動しただけやし、その判断は最善やった。わいもケンジもマーユに対して愛しさは感じとっても、責める気持ちなんか、当時ちょっとも持ってへんかったし、今でも持ってへん。」
「だって、二人の気持ちを弄んでた、ってことでしょ?二人があたしのことを愛してくれてるって知ってたから、あたしはその時都合のいいように判断して行動したんだもの。」
「いや、これは普通の三角関係やあれへん。特にマーユにとっては、前にも言うたことあるけど、ケンジへの想いとわいへの想いはタイプが全然違うやろ?そやからちゃんと共存できるねん。一枚のコインの表と裏のようにな。そやからわいは、マーユと結婚しても、マーユとケンジとの繋がりを切りたくなかったんや。コインの表だけでも、裏だけでも偽物や。マーユが価値のある本物であるためには、ケンジへの想いも絶対に必要や。」
「ケニー・・・・。」
「それに、これもいつか言うたこと、あるやろ?わい、マーユとケンジが愛し合っとる姿見るのん、大好きや、って。これはほんま正直な気持ちなんやで。ケンジとマーユがセックスしとる時は、二人とも最高に感じて、満たされて、癒されとる。わい、ケンジの親友として、マーユの夫として、そういうあんさんらの行為が度々見とうなる。見て、ああ、マーユもケンジもわいの大切な人なんや、って実感できるんや。」
「変な人・・・。」マユミは小さく笑った。「だけどケン兄もたぶん、あなたがあたしを奪おうとしてたことに気づいてたと思うよ。」
「そうなんか?」
「でも、だからかえって安心したんじゃないかな。ケニーがあたしを奪う条件で、ケン兄はあたしを手放したって気がするんだ。あなたがそんな気でいなければ、ケン兄はあたしをいつまでも手放せない。きっともっと悩んでたと思う。」
「そ、そやけどやで、わい、ほんまにマーユを『奪いたい』思てたんやで?ケンジから無理矢理にでも奪いたい、って。」
マユミはくすっと笑って言った。「あたし、ケニーがケン兄に『マーユを譲って下さい』て言って、ケン兄も、『はいどうぞ』なんていうことになってたら、二人とも嫌いになってたと思うよ。そんなの恋愛感情じゃないもの。その時のケニーのあたしに対する気持ちって、この女が欲しい、どうしても手に入れたい、みたいな、男性特有の乱暴で野性的な気持ちだったんじゃない?理性で判断してる場合じゃないでしょ?そういうの。」
「そう言われれば・・・確かにそうやけど・・・・。」
「ケニーがそういう燃え上がる気持ちのエネルギーを持ってたから、ケン兄もこいつなら大丈夫だ、って思ったんじゃないかな。」
「わいで良かったんかな・・・・。」
「あなた以外に考えられないでしょ?ケン兄が安心してあたしを譲れる人は、もう親友のあなたしかいなかった。彼はきっとそう思ってた。」マユミは一息継いで続けた。「ケニーは本当にあたしたちの間の一番大事なところにいてくれて、あたしとケン兄を上手に繋いでくれてた。」
「マーユ・・・。」
「だからさ、ケニーがケン兄からあたしを奪った、ってのも事実だし、ケン兄がその時あたしを泣く泣く手放したってのも事実。でも、それはあたしたちが三人とも結果として望んでいたこと。だからその時はみんな辛かったけど、結局誰も傷つかなかったし、その後もうまくいってる。そう思うけどね。」
「わい、マーユももちろん愛しとるけど、ケンジのこともめっちゃ好きや。心から。」
「知ってるよ。」マユミは微笑みながらケネスを見た。「見ててわかるもん。」
「ケンジっちゅう男は、当時からわいとマーユ、両方を大きく包みこんでくれてるような気がするんや。」
「考えようによっては、そうも言えるかもね。」
ケネスは穏やかな顔でマユミを見た。「そんなケンジの子やから、龍もめっちゃ広くて、大きくて温かい男なんやな。」
マユミもにっこりと笑ってケネスの視線を受け止めた。「そうだね。あたしたちの真雪をしっかり、大切に包みこんでくれる子だよね。」
ケネスとマユミはそっとキスを交わした。
「そう言えば、」マユミが言った。「あたしがケン兄と付き合ってた頃のグッズ、まだとってあるんだよね。」
「あるで。二階の倉庫の中に段ボール箱に入れてあるわ。」
「え?お店の屋根裏じゃなかった?」
「あんな大切なもん、ネズミに持って行かれでもしたらどないすんねん。」ケネスは笑った。「なんで今頃そんなこと訊くん?」
「あの中にね、真雪たちに渡したいモノがあるんだ。」
「へえ。何や?それ。」