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愛しい体温
【純愛 恋愛小説】

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-1

「守山さんに言わなきゃならない事があるんです」
 園から出るとすぐに、風間さんが口を開いた。
「はい?」
「実は、今月いっぱいで、保育園をやめるんです」
 私は何も言えないで、風間さんの翳る横顔を見つめていた。理由を聞く気にもならなくて、ただただ、商店街の明かりを受ける彼の横顔を見つめていた。
「マレーシアに出向する事が決まったんです」
「マレーシア......」
 その言葉は知っているのに、全く実体を伴わない言葉として頭の中を泳ぐ。
「りこ、マレーシアのこっき、しってるよ!」
 大人同士の会話も案外耳に入っているのだと感心する。りこはそれだけ言うと、秋人君と国旗の話をし始めた。
「急ですね」
「えぇ、ここに来たのも急でしたしね。人材不足みたいなんですよ、会社」
 それは風間さんの優秀さを表しているのだろうと思う。とても優秀なパパ。とても優秀な夫。とても優秀なサラリーマン。どの肩書きをとっても、風間さんには似つかわしいなぁなんてうっとりと思う。
「だから一緒にこうやって帰るのも、あと一ヶ月なんです」
 意味深な顔でこちらを向くので、私は笑い返すのが精一杯で、それから下を向き、無意味にカバンを肩にかけ直した。

「秋人君は何のキャラクターが好きなの?」
 百貨店の子供用品売り場には子供を誘惑する物が沢山あって、莉子はなかなか質問が耳に入って行かない様子で困る。
「聞いてる? 秋人君は何が好きなの?」
「カレーじゃないかな」
 こうなってくると修正がきかない。一度トイレの前まで手を引っ張って来た。
「ちゃんと聞いて。秋人君にプレゼントあげるんだから。何のキャラクターが好きなの?」
「あきとくん?」
 無言で頷くと「ウルトラマン」と答える。このひと言を聞くのにどれだけの時間を要したか。
 売り場に戻り、ウルトラマンの大判のハンカチを買った。おもちゃからの誘惑にまんまと引っかかっている莉子を引きずるようにして紳士服売り場に向かい、そこで男性用のシックなハンカチを買った。奥さんの事を考えると、あまり目立たない物がいいだろうと考えての事だ。


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