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愛しい体温
【純愛 恋愛小説】

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「すごい数ですねぇ」
 出店が並ぶ商店街の入り口に立つと、風間さんはそう言う。
「毎年、金曜日は商店街を通らず帰りたくなりますよ。子供がうるさくて」
 そう言って笑うと「確かにそうですね」と笑い返してくる。
「りこは、あのはねるやつ、はねるボールとるやつ、やりたい」
「スーパーボールでしょ? あきもやりたい!」
 風間さんは手を繋ぐ二人の頭を優しく撫で「よし、じゃぁ今日は特別にりこちゃんとあきの二人にやらせてあげよう!」そう言って歩き出す。
「一回、やらせてあげてもいいですか?」
 私は断る理由もなく、「ありがとうございます」と言うと、「お、あそこだ!」と風間さんはまるで自分が子供になったみたいにはしゃいで、スーパーボールすくいの出店に走って行った。

「ママみて! こんなにとれたよ!」
 透明のビニール袋に四つのカラフルなボールが入っていた。私は改めて風間さんに「ありがとうございます」と言い、「莉子、ありがとしたの?」と問う。
「あきとくんのパパ、ありがと」
 きちんと目を見て言えたので、頭を撫でてやる。莉子は袋を目の前にかざして見入っている。
 私と二人でここを通っても、「こういうのは絶対にやらせないからね」と初めに釘を刺したからか、莉子が出店の物を欲しがる事は殆どなかった。道端で、スーパーボールで遊んでいた子供でも見かけたのだろう。こんなものが欲しかったのか。子供の考えている事はよく分からない。
 それから金魚すくいの水槽を見た。さすがにこれが欲しいとは言わなかったが、赤や黒に彩られた小さくて奇麗な魚に、二人はじーっと見入っていた。
 今日は縁日の初日とあって、人で溢れていた。対面した出店の間を人が行き来するので、自然と風間さんとの距離が近くなる。
 ドン、と身体の大きな高校生ぐらいの男の子が私にぶつかった拍子に、私はバランスを崩して倒れそうになった。寸でのところで風間さんに支えられ、醜態をさらさずに済んだ。
「大丈夫ですか?」
「あの、ありがとうございます。ぶつかっちゃって」
 そう言って無意味に髪を触ると、私を支えるために腕に添えられていた風間さんの手が、私の手の平に触れ、そのまま握りしめられた。
 訳が分からなくて私は真顔で風間さんを見ると、風間さんは微笑んだ。その微笑みの意味も分からないけれど、それよりも私は自分の顔色の変化が恥ずかしくて、俯いていた。
 金魚に見飽きた子供達は立ち上がり、綿飴ができる様子を見学し、そのうち地下鉄の入り口に到着した。
 いっその事、接着剤でとめておきたい風間さんの手を、自分から離した。少しだけ涼しい風が、地下鉄の階段からのぼってくる。
「あの......」
 うまく言葉にできなくて、黙ってしまうと、風間さんがふっと笑うのが聞こえた。
「すみません、何か急にそんな気分になっちゃって。気を悪くされたのなら謝ります」
 私は首をぶんぶん振って「あの、嬉しかったです」と素直に言うと、また頬がさっと上気する。
 また風間さんが溜め息みたいに笑って、「それじゃ」と地下鉄の階段を降りて行った。
「ママ、ねつがあるの? ほっぺたがあかいよ?」
 子供には分からない事、そう思いながら「大丈夫だよ」と言って彼女の手をとった。いつも握っているこの小さな手とは比べ物にならない、風間さんの手は私の手の平を包む大きな手だった。
「恋の病」そんな言葉を娘とやりとりするのは、いつ頃になるのだろう。ふとそんな事を思う。


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