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愛しい体温
【純愛 恋愛小説】

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 今日は珍しく、お迎えの時間帯に雨が降っていた。今年の梅雨はなぜか、夕方にざっと夕立がくるか、夕方までに雨がやむパターンが多い。雨が降ると子供が喜ぶ。何故なら日頃着る事が出来ないレインコートを着て、傘がさせるからだ。
「あっという間に七月に入りそうですね」
 風間さんはアーケードに入ると、折り畳み傘の雨をパッパと払って畳みながらそう言った。
「そうですね、雨も嫌ですけど、暑いのも嫌ですね」
 手にはジャケットと折り畳み傘を下げ、もう片手には秋人君のカバンを持っている。私も同じような状態だった。園バッグが雨に濡れても大丈夫なバッグだったらいいのにと、いつも思う。雨の日は私がカバンを持ってやる事になるのだ。
「そういえば、変な事訊いてもいいですか?」
 やにわにそんな事を言いだすので、「変な事って何ですか?」と逆に訊き返す。
「この前、実家が二軒あるって言ってたのは、別れた旦那さんのご実家ともまだおつきあいがあるんですか?」
 無理もない。大抵の人がそう思う事なのだ。私は何人の人に説明したかも覚えていないぐらいのフレーズを口にする事になった。
「死別なんです。病死で、この子がお腹にいる時に死んだんです」
 そして多くの人がするように、くちをぼかんと開けて、何も言えないでいる風間さんに「あの、気は遣わないでください」と予め言っておいた。
 夫は急性骨髄性白血病で死んだ。予後が知らせれ、その通りに息を引き取った。娘の出産には届かなかった。せめてその手に抱かせたかった。検診のたびに病室に超音波写真を持って行ったが、妊娠七ヶ月頃から夫はもう、意識がもうろうとしていて、娘の姿はもうその目に映っていなかったかもしれない。
「あの、勝手に離婚だと思い込んでて.....すみません」
「いいんです、十人いたら十人が離婚だと思いますから」
 私は笑ってみせたけれど、風間さんは俯き気味になってしまった。
「辛い、ですね」
 俯いたままぽつり、と言われ、私は溜め息にも似た返事を返す。
「まぁ、いつか終わりが来ると分かっていて結婚しましたし、こうして娘は元気に生まれましたし、父親がいなくて辛いのはきっと莉子だと思いますよ」
 ポニーテールの髪は左右に揺れて、まだ伸びきらないうなじの髪が遅れてついて行く。秋人君とは相変わらず、手を繋いだままだ。
「俺もね、今の嫁さんの前に付き合ってた婚約者を、事故で亡くしてるんです」
 今度は私が唖然とする番だった。自分だけが不幸だと思っていた訳ではないが、それでもどこかに申し訳ないような気持ちが湧いてくる。
「そうなんですね、それもお辛いですよね」
「まあ俺の場合はもう、嫁さんいますしね。乗り越えたって事ですよ」
 少し翳りを見せたままの笑顔が、胸の奥に響く。その顔は、奇妙な程風間さんに似合っていて、暫く見とれてしまった。
「あしたは、りこがさきにパズルやるからね」
「いいよ、じゃぁあきはブロックやるから」
 二人の中で何かの取り決めがなされたようで、私と風間さんは笑いかけ合い、「それじゃ」と挨拶をして別れた。


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