卒業-2
ここ最近は、少し違うお客さんが来ていた。
高校生くらいだろうか。ひょろっとした、頭ひとつ分はあたしより背の高い男が、自転車を公園に止めて、あたしの鍛練の様子を見つめている。
あたしは、その筋の連中にはいくらか狙われる覚えがあったから、最初は警戒していた。
集団に囲まれた時には、どう逃げようかと退路を頭の中に描いてもいた。
だが、今はその心配はしていない。脅威を感じるような敵意を彼から感じなかった。
何か痴漢か盗撮の類だろうかとも思ったが、彼が襲ってきたりカメラや携帯を構えることもなかった。
ただ、あたしを遠巻きに見ているだけ。一週間、それが続いている。
ひとつ気になることがあった。この少年の気配が無さすぎるのである。
百八十は超えてそうな手足の長い少年は、それにもかかわらず、存在感が無く暗がりに溶けていた。
痴漢をしようとも、盗撮をしようとも、あたしに声をかけようとも、そういう人間の意志を何一つ感じさせない、只の視線。
そんな少年だったから、あたしもどうしていいのか、少し分からずにいた。
今日もまた、紺のジャージを着た姿でベンチに座り、あたしを見つめている。
あたしは、朝はいつもTシャツに短パン姿で、髪は後ろで結っている。
ジャージを着ると熱くなりすぎるし、肌で大気を感じたいから鍛練中はなるべく薄着でいたいのだ。
薄着の女に群がるような痴漢程度は、それこそ指一本で撃退する自信はあるから、薄着で居ることは気にしていない。
ただ、少年は薄着のあたしを見物している風にも見えない。
そろそろ、この奇妙なお客さんと話し合う必要がありそうに思えた。
あたしは、いくつか深呼吸をして息を整えると、少年の座るベンチの方にゆっくり向かった。
ベンチに座る少年が、近寄るあたしの気配を察したのか、ビクリと体を震わせた。
そのまま立ち上がり、止めた自転車に乗って逃げようとしている。
あたしは思わず大声を出した。
「ちょっと、君、待ちなさい!」
「う、うわあ……ごめんなさい!」
少年は自転車に乗ったまま、あたしの声にビビったのか、体を硬直させて静止している。
大きな体を縮みこませて、鬼か何かの恐ろしいものから襲われたような目であたしを見つめていた。
容姿にはそれなりに自信があったので、この少年の反応は随分と残念に思えた。
そんなにあたしは怖そうに見えるのだろうか。
目つきが多少悪いのは、自分でも少し気にしていた。
確かに、あたしの関係者に怖そうな人間が多いのは間違いないのだが……。
「君、毎日来てるくせにそんなに驚かないでよね……ちょっと話がしたかっただけよ」
「あ、あ、そうなんですか、すいません、ごめんなさい!」
「なんでいちいち謝るのよ。君、何か悪いことでもしてたの?」
「し、してませんよ! してません。ただ、見てただけです。すいません!」
「見てただけなのは、あたしも知ってるから謝んなくてもいいわ」
「そうですか、ごめんなさい!」
駄目だこりゃ。あたしは、一つ溜息をついた。