『BLUE』-32
「奏子、目立ってるね」
周囲の反応を確かめるように一瞥すると深間は満足気に口を開いた。
係員が笛を鳴らすと選手達は同時に台を上り姿勢を低く構えた。
彼女等の緊張に一瞬、会場全体が静かになる。スタート直前のこの独特の静寂が涼生は苦手だった。もう何回も味わっているはずなのに今だに慣れないものだ。
ふと、目線を水原に移すと彼女がこちらを向いて振り返った。
隣の深間が何か声をかけているがよく聞き取れなかった涼生は、もしかしたら水原は彼に気付いて振り向いたのかもしれないと思って戸惑った。
彼女はしかし、どちらともつかずに微笑むとゴーグルで目を隠して再び前を向いてしまった。
「君は、彼女に何も言わなくていいの?」
涼生の気持ちを見透かしたように深間が聞いてきた。質問に答える代わりに涼生は首を振った。
たった一言、頑張れといえばいいのに。
深間に遠慮しているわけではないが、口に出そうとすると躊躇ってしまう。
「レース前の奏子に会ってきたよ」
と、深間が思い出したように言った。
涼生はチラッと彼を見てふうんと頷くと、
「そう。何か言ってやったのかい?」
皮肉めいた口調で聞くと彼ははっきり、その言葉を涼生に告げた。
「好きだって言った」
涼生は、少しの間、深間が何を言っているのか分からなかった。
「――それって」
「告白したんだ」
「そんな・・・」
と、涼生は無表情に撤した面を崩して困惑した。
彼は薄く微笑みながら、プールへ視線を注いでいる。深間は必死なんだ、と涼生は思った。
水原の気持ちが自分に向いているのか判断できなくて、焦ってるんだ。
涼生はそんな彼の心情を察した。
「水原は、何て返事を?」
涼生は努めて平静に聞いた。
「待ってほしいってさ、答えが出るまで・・・」
そっか、と涼生は息をついた。水原の返答に安堵したわけではなかったが幾分、心が落ち着いたのも事実だ。
「気付いてないのか?」
と、深間が急に語気を強めた。涼生が当惑してると、彼は更に真剣になった。
「奏子は君が好きだって言ってくれるのを待ってるんだ。皆瀬君の気持ちを知りたいんだよ、彼女は」
「でも、俺は・・・」
水原が好きだ。ふとしたときに見せる優しさが、不安を隠して笑い続ける、そんな彼女の強さが好きだった。
そして泳いでるときの輝いてる水原が、涼生はなにより好きだった。
思えば涼生が今日まで水泳に没頭してきたのは、水原に認められたかっただけなのかもしれない。
彼女に釣り合うほどの男になって、自信を付けたかった。
深間光に勝つことがその証明になりえると自分勝手に思い込んできた。