『BLUE』-28
「なにやってんだ俺は・・・」
と木本は自らをたしなめるように言葉を遮った。
ため息を一つ吐くと写真立てを元に戻した。
「もう関係ねぇもんな。コレもそれも全部、処分しちまうか」
「捨てられるのか、本当に?」
当たり前だろ、と彼が大げさに笑う。
「じゃあ、何で今まで捨てられずに置いてあったんだろうな?」
ハッとして彼がこちらに向き直った。
険しい顔で涼生を見下ろしていたが大きく息をつくとまたわざとらしい笑みを浮かべた。
「ハハ・・・最近忙しくて片付けるの忘れてたから」
「ろくに部活にも顔出さないくせに何が忙しいんだ?」
涼生が深く追求する。木本はこちらを向いたまま何も答えることができなかった。
「大事なものだから、捨てられないんだろう?
たとえ木本が本当に泳ぐのが嫌になったんなら、もうとっくに処分されてるはずだからな。」
彼はもう一度写真を手に取るとそれをじっと見つめた。
最初に込み上げてきたのは悔しさだった。
思い通りにならなかった現在の自分を、写真のなかの彼はどう見ているのだろうか。
もしかしたら笑われているのかもしれない・・・だがそれも仕方ないことなのだ。この高校に進学して、水泳に挫折したのも全て自分の弱さが悪いんだから。
「今日は遅いから帰るよ」
涼生が立ち上がって木本に告げた。
振り仰ぐとすでに帰り支度を整えている彼のカップは空になっていた。
「一日だけ待つ。
もしやる気があるなら、明日部室にこい」
彼は部屋の扉に手を掛けながらいった。
黙って頷くとも頷かないともとれる木本の口が震えた。
それを一瞥して背を向けた涼生は「待ってるからな」と呟きながら出ていった。彼を見送った後も木本はしばらく呆然と立ち尽くしたまま、額の中の写真を睨み続けていた。
その日最後のチャイムが鳴ると同時に、涼生は教室を飛び出た。
昇降口から見えるテニスコートを横切って体育館を迂回するとプール脇にこじんまりと建っている部室が目に入った。
入り口の前に立って2、3回深呼吸する。
意を決してドアを開けるとそこには誰も居なかった。時計を確認するとまだ少し部活が始まるには早い時間だった。
涼生は大きく息をついた。
木本は、来るだろうか。
水原がいるから、もしかしたら無理矢理連れてくるかもしれない。
だがそれでは意味がない。木本自身が足を向けなければいずれ同じことになるからだ。
時計の針が静かに、だが確実に動く。
今日はずっとここで待っているつもりだ。
窓の外に人影が立っているのに気付いたのはそれからまもなくだった。
あれは・・・
涼生は椅子から立ち上がり窓の側に寄った。
窓ガラスの向こうには屋外プールがあるだけだ。
その人影はフェンス越しに体を解すような動きをしきりに見せた。
涼生はフッと小さく笑うと勢い良く窓から顔を出した。
ストレッチで首だけこっちを向いている木本と目が合う。
「遅せーぞ、皆瀬!」
「掃除当番はどうしたんだよ?」
涼生は苦笑した。
木本も一緒になって笑った。
「ハハッ!めんどくせーからサボっちまった。別にいいよな」
そうやってこともなげにいった彼の目に、もう迷いはなかった。