18-2
「とは言え、あとは配達してもらう家具ばっかりだから、これ以上荷物は増えないんだけどね」
真吾はヒーターを持ってくれた。私は雑貨が入った袋を持ち、小さな食器棚を届けてもらうよう店員さんに頼んだ。明日にはくるそうだ。
「そこまででいいから」
駅につき、真吾の家と私の家の分岐点に差し掛かったところでそう言い、ヒーターを持とうとすると、彼は手を引いた。
「だから、協力させてくれって言ったでしょうが。家まで持って行くから」
頑なな態度は崩れない事は良く分かっている。昔からだから。結局そのまま十分歩き、自宅に到着した。
「あのさ、お茶とか出せる感じじゃないし、あがってもらっても」
「おじゃましまーす」
私が話している最中にはもう、靴を脱ぎ、ヒーターを持ったまま室内へ入って行った。
「ほんっと、何もないね」
むっとした私に「ごめんごめん」と謝るその顔には笑みが浮かんでいる。
フローリングから冷気が昇ってくる室内に、とりあえずヒーターを設置し、私は薬缶でお湯を沸かした。ポットは明日、配送されてくる。
「紅茶ぐらいしか出せないけど、いい?」
「あ、お構いなくー」
ヒーターの前を陣取って手を擦り合わせている。ハエのようだった。
「夕飯は?どうすんの?」
手を擦り合わせながら真吾が言うので、「うーん」と少し考えた。
「近くにコンビニあるから、とりあえず何か買ってくるかなって感じ」
「じゃぁ、蕎麦にしよう。引っ越し蕎麦。それ食ったら俺、帰るから」
何で夕飯までここにいる事になってるの......。私は目を覆った。
私は夕方の配送を待ち、その間に真吾がコンビニまで行って蕎麦を二人前買ってきてくれた。
寒いのに、冷えた蕎麦を食べてさらに身体が冷え切って行く。
「寒い」
「エアコンつけないの?」
「省エネ」
そう言って私はクロゼットから厚手のカーディガンを取り出し、羽織った。そのまま席に戻ろうと思ったが、デニムに手のひらを擦り合わせている真吾を見て、もう一枚同じような上着を取り出し、彼の肩から掛けた。
「あ、ありがとう。寒くないのに」
そう言って上着を持った指先は血の気が引いて真っ白だった。「寒い癖に」
もう一度薬缶にお湯を沸かし、たっぷりめに紅茶を淹れた。湯気の立つマグカップをテーブルに運ぶと「サンキュー」と言って真吾は両手でカップを持った。
私がテーブルにつくと、「俺さぁ」と口を開いた。
「告白されたって、言ったでしょ。後輩の女の子に」
聞きたくないような、聞きたいような、そんな気分で、「はぁ」と微妙な返事をしてしまった。
「断ろうと思ってるんだ」
「え、何で? 奥さんの事も分かってて告白してきてるんだったら、いいんじゃないの?」
真吾は首を左右に傾げた。
「俺、好きな人いるから」
一瞬、身体の芯がぐらりと揺らいだが、何とか耐えた。
「何だ、じゃぁそう言って断ればいい」
ひしゃげた笑顔でそう言うと、真吾は顔を崩さないまま、黙っている。
「何か、変な事言った? 私」
薄々感づいていた。彼は私に言った。諦められない、と。私も同じことを言った。
「本当は、分かってるんだろ?」
俯いたままぼそっと、真吾は言った。私は目線を泳がせた。「何が?」
自分の感情にまっすぐに生きられる人間を私は、羨ましく思う。
「俺は恵の事を諦められない。恵だってそうだって、言ったよな?」
私はそんな風に生きられない。自分を押し通せない。
「勝手に消えたと思ったら、ふらりと現れて、諦められないだなんて言われたって、困るよ。離婚だってまだ成立してないんだし」
下を向いていた真吾が顔を上げ、私を見た。
「離婚が成立したら? そしたら俺の方を向いてくれるの? そういう事?」
少し攻撃的な物言いが癇に障った。
「自分からいなくなっておいて何なの! 私の中ではあの雪の日のまま、二人の時は止まってるの。幼馴染のまま、時が止まってるの」
今更一緒になんてなれない。なりたいのは山々。だけどなれない。幼馴染は「幼馴染」でしかないんだから。
真吾は肩にかけていたカーディガンを私の肩に被せた。彼のぬくもりが加わった。
「恵の匂いがした」
そう言うと自分の黒いダウンジャケットに袖を通し、玄関を出て行った。